8.5

 明朝、俺達は早々に出発する準備を進めていた。いつ現れるかわからない魔王を待っているよりも先手を打って行動した方が幾分か安全だとの考えの上だった。さすがにあの男も昨日の今日で襲って来ることはしないだろう。うまくいけば今日の昼前には試練を探して挑める。なんとしてでも試練を突破すれば、あの男がいくら探し回っても俺はすでに人間界だ。そのためには道中に最大限の注意を配らなければ。

 俺はマリナと戦った時のマントを着込み、フードを目深に被った。両脇につくもとリストが並び、エルフェリータの町へ繰り出す。

 異変に気が付いたのは町の大通りを進んでいる時だった。

「……なんだか今日、人が多くありませんか? こんな朝早くに」

「確かに。普段なら祭でもない限りこんなに人は集まらないんだがな……」

 最初は気にも止まらない違和感だった。しかし町の中心に近づくにつれてそれは確信に変わっていた。明らかに人が多すぎる。それに道ゆく人は皆、声を潜めながらもどこか血気づいていた。

 町の広場の入り口に辿り着いた頃には、人ごみで身動きが取れないほどになっていた。横にいたはずの二人の姿もいつの間にか見失ってしまっている。俺は混乱しながら人混みに押されて、周囲が向かっている方向へと流されて行った。

 人混みの波から逃れようと空いている方へ体を押し込んでいるうちに、ようやく抜け出せた。そこは広場の中心。どうやら溢れんばかりの人はそこを目指して集まっていたらしい。

 そして、噴水を囲い込むようにぽっかりと空いた空間に目を向けて、人々が何を目的として集まっていたのかを理解した。池の縁に座ったその男の視線に射られて、俺は愕然とした。

「……よォ、奇遇だなァ。余生は十分楽しんだかァ」

「ヴォルナード……!?」

 そいつは歯を曝け出すように唇を捲り上げた。その攻撃的な笑みの前に自分の悪手を確信する。先手を打ったつもりがみすみす敵の手の中に落ちてしまった。信じられない。まさか奴がこんなにも行動が早いなんて。

 ヴォルナードは俺から視線を外すと、ゆっくりと立ち上がって両手を広げた。集まった群衆に向けて声を張り上げる。

「随分と待たせたなァ。主役の到着を待ってたもんでよォ。テメェらがオレの狂信的なファンなのかただの暇人なのかは知らねェが、急な呼びかけに応じてくれたことには礼を言うぜ。せっかくの祭の日に踊る奴らがいねぇんじゃ興ざめだからなァ!」

 群衆の中にどよめきが走る。ここにいるのは全員、この男が集めたのだ。それが何を意味するのかはわからないが、俺にとって良いことではないのは確かだ、この場にいてはならない。だがヴォルナードの言葉に耳を傾ける群衆の輪はますます狭まり強固になるばかりだった。

 ヴォルナードの声が群衆の元へと広がって行く。その一声一声に体を引き裂かれるような恐怖を覚える。

「よく聞けェ……。今日テメェらを集めたのは他でもねぇ、オレが直々に試練を出す為だァ! この試練には制限を設けねぇ。腕に自信がある奴、名を上げたい奴、誰でも参加しろォ。この試練を突破した奴には直々にオレが褒美を出そう。金、町、奴隷、好きな物を選べ。もちろんこのオレの試練を突破したっていう名声だってソイツのモンだァ!」

 群衆の一部が雄叫びを上げた。背後の名も知らぬ男の背負った武器が重苦しい金属音でガチャガチャと音を立てる。血気盛んな男達が獲物を狙う獣のように目をギョロつかせる。

「いいぜいいぜ。盛り上がって来たなァ!」

 ヴォルナードは膝を叩いて心底楽しそうに自ら集めた者達を眺め回した。まるで舞台役者のような激しい身振りで群衆を煽った。いったい、この男は何をするつもりなんだ。

 雄叫びが最高潮に達するのを待ってから、ヴォルナードは静かに両手を宙にかざした。周囲のざわめきが一瞬にして収まる。

「魔界の誇り高き戦士達よ! テメェらに施す試練は単純明快だ! 突破出来るのは最初の一人のみ! どんな手を使っても構わねェ!」

 ヴォルナードは真っ直ぐに俺を指差した。

「オレが出す試練。それはそこにいる男、時ヶ崎央真の……」

 群衆の全ての目が俺に注がれる。

「人間の討伐だ」

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