8.4
全てを語り終えるまでそう長くはかからなかった。その後に訪れた静寂の方がきっと長かっただろう。だけど俺は二人が理解してくれるまで待つつもりだった。例えそれが何時間になろうとも待っていたはずだ。
長々とした静寂はつくもの弱々しい呟きで破られた。
「央真さんが……人間界に帰る……」
「あぁ。俺は王石を解放したら人間界に生き返らせてもらうんだ」
どこか納得したように、それでも視線を俺ではないどこかへ向けてリストは呟いた。
「だからそんなにも期限に拘っていたのか」
「そうだ。俺にとってどうしてもやりたいことなんだ」
「でも……でも、このまま魔界にいたっていいじゃないですか! せっかく魔界で生活してきたんですから……うちの居候続けたって!」
「その気持ちは本当に嬉しい。……嬉しいけど、ごめん。やっぱり俺に魔界は合わないよ。今までだって全力でやって、それでも何度も死ぬほど苦しんでるんだから。人間が暮らすには魔界は厳しすぎる」
つくもは口を開いたが言葉を見つけられないように沈黙していた。
「俺は今からどうにかして試練に挑む。可能性が低くても行くつもりだ。正直ここまで来られたのはつくもとリストのおかげだ。でも、もうこれ以上頼り切ることはできない。今まで、本当にありがとうな」
俺は精一杯の笑顔を浮かべる。きっといつも通りこれっぽっちも笑顔になんか見えてはいないんだろう。けれど、これが今できる精一杯。これで伝えたい気持ちは伝えられた。あとはもう駄目元で突っ込むだけだ。
二人ともしばらく呆然と俺を見つめていた。俺もその視線に答える。つくももリストもその場から動こうとしなかった。だが、俺の決意も揺るがなかった。ほんの一時、三人の視線が一つになる。
やがて、リストとつくもは顔を見合わせ、しばし無言で意思を交わす。そして二人同時に大きなため息をついた。
「あーッ!! ……ったく、そんな恐い顔で睨まれちゃあ竦んじまうぜ。なぁつくも」
「全くですね。人に協力を頼む時はもっとにこやかにするものですよ」
「いやこれは最大限のにこやかで……じゃなくて! ちょっと待ってくれ。別に俺は二人に協力してくれって言ってるわけじゃないんだ。ただ知っておいて欲しかっただけで……」
俺は一人で行くつもりだった。今ならまだ狙われているのは俺一人なんだ。だが俺に手を貸せばそうはいかなくなってしまうだろう。こんな危険で独りよがりな事に二人をこれ以上巻き込みたくはない。だが俺が弁解する前にリストの腕に力強く肩を引き寄せられた。
「この馬鹿が。人間てのは本当に馬鹿だよ。たかが人間一人で何ができるっていうんだ。こういう時は人を頼るもんだぜ。……それに人間界に戻るってんならリスクを承知でもやる価値はある。いくらヴォルナードでも人間界までは追って行けないだろ。ま、ここまで手伝わされて諦めるってのも癪だしな!」
「私はあんまり乗り気じゃないですよ? 全く、捨て人間じゃなくて帰る所があるんなら先に言ってくださいよ。せっかく貴重な人間のサンプルが手に入って喜んでたのに。……でも、実験動物の望みを聞くのも今の飼い主の仕事です。残念ですけど今回はキャッチ&リリースしますよ」
そう言ってつくもは俺の胸に拳を当てた。
二人は心配なんてものはないかのように笑顔を浮かべていた。そうか、笑顔って言うのはこう作るものなのか。俺は二人に挟まれながら、体の奥深くの芯から何か熱い物が溢れるのを感じた。もし魔界でこの二人に出会わなかったなら、出会ったのが別の存在だったなら、きっとここまで来る事はできなかっただろう。
俺達はまるで今の状況を忘れたかのように顔を突き合わせて笑った。弱すぎる人間と風変わりな二人の魔界の住人。でこぼこなその組み合わせが今だけは無敵だと感じて。そして並んで町へと向かって歩き出す。
この二人がついていてくれればきっと成功する。そう信じて疑わなかった。
しかし、事態ははまだ本当の最悪には至っていなかった。
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