第7章 町と思い出の延長に

7.1

 この俺、時ヶ崎央真には崇高なる目標がある。ここ魔界での目標。それは王石を解放し、元の人間界へと生き返るということ。まぁ一度失った人生にもう一度しがみつこうとしているだけなので、崇高と言うよりかは見苦しいと言った方が正しいのかもしれない。けれど今の俺は諦めるつもりはなかった。いつか人間界に戻る為に、というかスリルと危険とデンジャラスなこの世界から絶対に抜け出すために、それを心の支えとしてやってきた。

 その目標達成のため俺は魔界でいくつもの困難な試練を突破し、少しずつ王石の外殻を剝がして来た。その甲斐あってか、初めは傷一つ付けるのでさえ難しかった外殻はほとんど剥がれ落ち、残す所はほんの僅かとなっている。

 しかし同時に猶予も残り少なくなって来ていた。閻魔大王に示されたタイムリミット、三つの月が一晩経つごとに距離を縮めて来ている。毎晩、空を見上げて月の場所を確認するということを繰り返して二十あまりになる。残りは大体十日ぐらいだろうか。

 残るいくつかの試練を突破して望みを叶えるか、それとも時間切れとなるか。どちらにしろ決着の日は刻一刻と近づいて来ている。もう後戻りはできない。全力で王石の解放に挑むだけだ。

 そう自分に気合いを入れて、俺は今日も試練に向かう。

「央真様……今日も凛々しいお顔ですねぇ……」

 はず。

「今日はどうなさるのですか? どこかの町の侵略でしょうか……」

 だった。

「あ、それとも一緒にどこかおでかけしましょうかぁ。交流を深めましょう。ふふふ」

 のだが。

「…………マリナ、何でいるんだ?」

「だって央真様の魔女ですもの。いつでも一緒ですよぉ?」

 町からの決意の一歩を踏み出そうとしていた足を元の位置に戻す。出鼻を挫いた張本人である小さな魔女。その純真無垢な瞳に見つめられて、俺はしばし無言となる。

「俺、今日は用事があるって言わなかったっけ?」

「はい、聞きましたよぅ。なので手伝いにきました」

「手伝いは無用だってのは?」

「はい、聞きましたよぅ。でも手伝いにきました」

「俺の言ってること理解出来てる?」

「はい、できてますよぅ。えっと……手伝いにきましたぁ」

「……ちょっとタイム。ここで待ってて」

「はぁい」

 マリナをそこで待たせ、大股で三歩ほど後ろに下がる。そこには無表情で会話を眺めていたつくもとリストがいた。

「駄目アイツ言葉通じない!」

 泣きついた俺に向けられたのは二人の白い目だった。

「そんなこと言わずに頑張ってくださいよ央真様」

「試練受けるからってわざわざ俺らを呼んだから諦めるなよ央真様」

「勘弁してくれ……アイツどこに行こうとしても湧いて出てくるんだよ……」

 あの時マリナとの勝負に勝利してからというもの、どこかに行こうとすると決まって彼女が現れるのだ。気付かれないようにこっそりと町の裏路地を歩いていても「奇遇ですねぇ」とか「偶然ですよぉ」という言葉とともに姿を現すことに俺は辟易していた。

「むしろ三人で歩いていれば遠慮してくれるんじゃないかと思ったんだけど……」

「堂々と出てきたな」

「いっそ清々しいストーカーですね」

 ちらりと後ろを窺うと、マリナは微笑みながらも俺からは一切目を離していなかった。背筋に薄ら寒い物が通り抜ける。

「別に試練について来られてもいいじゃないですか」

「そう思ってこの前一緒に行ったんだよ。それでいつも通り試練に苦戦してたらめちゃくちゃ怪しそうな顔してたんだぞ。いつ俺が人間だってバレるかわからん」

「もういっそのこと人間ってバラしちゃえばどうですか?」

「そんなことして、もし怒らせたらどうなるか……」

「魔女だからなぁ。次は半分じゃなくて全部潰されるかもな」

 全身が凍り付く。あの時の恐怖はまだ脳裏にこびり付いたままだった。

「よし、こうなったらなんとしてでも出し抜く。二人は先に魔王城に向かっててくれ」

「一人で大丈夫なのか?」

「なぁに、すぐに追いつくさ!」

 自分のセリフに不吉なものを感じつつも先に二人を見送った。

 それから俺は誰もいない裏路地を通ったり、

「央真様、どこに行くんですかぁ……」

 変装したり、

「その服お似合いですよぉ……」

 全力でダッシュしたり、

「はい、お水ですよぉ……」

 したのだが全て失敗に終わった。さすが魔女、人間では全く相手にされなかった。結局、その日は魔女とかくれんぼをしている間に日が暮れてしまっていた。

「ふふふ、楽しいです。町ではこういう遊びが流行っているんですねぇ」

「……いったい何が望みなんだ。要求を言え……」

「要求……? 要求されれば何でもしますよぉ」

「じゃあ一日ぐらい一人にしてくれないか」

「でも、せっかく央真様の使いになれたんですから一緒にいたいです……」

 途端に肩をすぼませ、しょげかえるマリナ。まるで雨にうたれる子犬みたいな雰囲気。さすがに見た目は同年代の少女、そんな様子にはどうも弱かった。

「わかった……じゃあこうしよう。明日だ。明日は丸一日一緒にいてやる。だからそれ以降はしばらく一人にしてくれないか……?」

「一日一緒、ですかぁ……ずっと?」

「ずっと。好きな事してやる」

「わぁ……それは素敵ですねぇ。わかりました。じゃあ明日は一緒にいてください。ふふ、約束ですよぉ」

 年相応に無邪気にはしゃぐマリナは大層可愛かったが、俺はこんな調子で試練は間に合うのかと、夜空にうっすらと浮かぶ月を見上げながら考えていた。

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