6.4
「逃げちまうってのはどうだ? 明日の勝負をすっぽかす!」
絶望に伏した日の翌日、落ち込んでいても仕方ないということで俺達は再び集まって作戦会議を開いていた。
「それは無理だ。試練の契約がある以上、逃げたら相手の勝ちが決定するだけだ」
「それでも逃げ続けたら?」
「試練を受けられなくなるぞ? 試練なんて身分の証明みたいなものなんだから」
「いっそのこと謝って決闘自体無しにしてもらうとか……」
「相手にそれだけのメリットがないじゃないですか」
「だよなぁ……」
俺の命運をかけた勝負だと言うのに序盤から前向きな意見など一つも出ず、逃げる、謝る、泣き寝入りと悲惨なアイデアばかりが飛び交い会議は難航していた。
「代役を立てるとか。俺と似てて強い奴を探す」
「まず魔女に勝てる奴なんかがいない。次に魔界でもお前ほどの顔の奴はいない」
「俺が明日までにメチャクチャ強くなるってのは?」
「一日で何ができるって言うんですか」
「いや、魔女だって言っても相手も新人だろ? その差をなんとか」
「あなたは現状チョンボロマルトロニス以下です。この意味がわかりますか? 魔界の生態系の最下層です。下手すりゃ植物にすら手も足も出ませんよ。央真さんは一日で生態ピラミッドをひっくり返す気ですか?」
「人間そんなに下なのか……」
改めてこの世界での人間の立ち位置に愕然とする。こんなことだったら生前に護身術でも学んでおけば……いや魔女相手じゃ焼け石に水か。
「まぁ、とりあえずだ。戦うとして、マリナはどんな奴なんだ?」
「噂通りなら魔獣使い。多様な魔獣を召喚して使役させられるらしい。戦果を上げたって話は聞かないから新人ってのは本当だろう。まぁ歳から言って魔女一族の秘蔵っ子ってところだな」
「じゃあ本人を叩けばチャンスはあるのか?」
「魔女の基本スタイルから言っておそらく本人が戦うタイプじゃないだろうが……それでも人間だと手も足も出ないだろう。まず魔獣を出し抜くことすらできない」
「うぅむ……そうだつくも! 確か店の在庫整理してた時に爆薬みたいなのがあったんだ。あれで爆弾みたいなの作れないか!?」
「爆薬? あぁあれですか。確かに爆弾っぽい物を作れなくもないですが、そんなに威力のある物は作れません。魔獣相手じゃ精々怯ませるくらいが限界ですね」
「駄目かぁ……」
早々に案が出尽くして俺はがっくりと項垂れた。時間もなければ戦力もない。おまけに案も出ない。絶望的だった。それでもなんとか対抗策を絞り出そうとしたが、脳の代わりに乾燥したスポンジでも頭に詰めたかのように何も出てきやしなかった。
初めに音を上げたのはつくもだった。三人で額を付き合わせて頭を悩ませていると、つくもの頭がぷすぷすとエンストを思わせる音を出し始め、次第にそれはうめき声になり、最後には奇声になった。
「ムンムムムキーー!! もうムリですよ! むりムリ無理MU☆RI!! どうやったら人間が魔女に勝つんですか! 私が今からドラゴンになる方がまだ可能性ありますよ!!」
「落ち着けつくも、床が抜けるぞ」
頭を抱えながら地団駄を踏むつくもをリストが宥める。しかし気持ち的には三人とも同じだった。もう丸投げしてしまいたくなるほど策がないのだ。
「相手の隙と言えば精々新人ってことぐらい。方や央真さんの武器と言えば顔が恐いぐらいしかないじゃないですか! 頭突きでもするんですか!? そんなの逆立ちしたって勝てませんよ!」
乙女の恥じらいの欠片もなく部屋の中を逆立ちして歩き始めたつくもを眺めながらリストも力なく笑った。
「ほんとに向こうも驚いてるんじゃないか? 魔女を名乗ってるのに決闘に乗って来るなんて。しかも相手が人間だなんて思いもよらないだろうな……」
ばたん。と音を立ててつくもが倒れた。
逆立ちした体制からそのまま全身で体を打ち、床に突っ伏したまま動かなくなった。遂に脳がオーバーヒートして強制終了したのかと何と無しに眺めていた。眺めていたのだが、しばらく待ってもぴくりとも動かないので段々と心配になってきた。
「……おい、大丈夫か? 変な所打ったか?」
恐る恐る近づくと、ぐるり、と無表情のまま顔だけを持ち上げた。ホラー映画さながらな様子に俺とリストの肩が跳ねる。虚ろな表情のままぼんやりとするそれを見て、「あぁ、つくもは本当に頭がおかしくなっちゃったんだな」なんて失礼なことを考えていたのだが、つくもの次の言葉に俺もリストも度肝を抜かれた。
「…………わ、私、央真さんが勝つ方法思い付いちゃったかもしれません……」
無言の間に三人の視線が交差する。
俺とリストが声にならない疑問を身振り手振りで投げかけている間につくもは飛び上がって正座をして、まるで極秘事項を伝えるように額を近づけてその内容を話し始めた。
そのとんでもない作戦を聞いているうちに俺の顔は段々と渋くなっていき、反対にリストは表情を明るくしていった。
「つくも! お前の作戦最高だ! 最高のバカだ!!」
「ふふん! もっと褒めてくれてもいいんですよー。策士つくもです!」
しかし盛り上がっている二人の間に、俺は暗い声を挟んだ。
「……嫌だ」
「嫌だ、って……もうこの方法しかありませんよ!?」
「そうだ、もうこんなんに賭けるしか他にないだろ」
「それでも……この作戦だけは、嫌だ」
つくもの提案した作戦は確かに一筋の光明だ。だがそれでも俺は、その方法だけは使いたくなかった。
「央真、お前は一生魔女の奴隷でいいのか。試練を突破して閻魔大王に褒美をもらうんじゃなかったのか」
俺の中で天秤が揺れる。大きく揺れていたそれは、最終的に二人の言葉に押されて作戦に乗る方へと振れた。俺はつくもとリストの目を見据えて頷いた。
「よぅし! それじゃあ作戦開始です! 絶対に間に合わせますよ!!」
俺らは慌ただしく部屋を飛び出した。魔女との決闘まで、あと一日。
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