6.3

「それで決闘を……」

「受けたぁ!?」

 翌日、俺はその出来事の一部始終をつくもとリストに話した。話し終えたあとの二人の反応は俺が予想していたものを遥かにオーバーしていた。

 つくももリストも吃驚仰天これ以上の驚きは他にないとばかりに驚いて、しばらく声も出せない有様だった。その様子を見てようやく俺は何かとんでもないことをしでかしてしまったのだと察しがついた。しかし二人が驚き終わるまで俺は寝床の上で肩身の狭い時間を過ごすしかなかった。

 やがてひとしきり驚き尽くすと、リストは頭を抱え呻き始め、つくもは肩を震わせて笑い始めた。

「……いったい何をしてるんだ、お前は……」

「あっははははは!! ひー! ほんと何してるんですか央真さん! ほんの一日会ってないだけでこんな事件を引っ張り込んで来るなんて!」

「……説明が欲しいのは俺もなんだが」

 状況があまりにも飲めないので軽く憤りを感じていた。まずはいったい何が駄目だったのかを教えて欲しかった。そんな俺にリストは大人が子供にひどく簡単なことを教えるような口調で話し始める。

「いいか、お前が軽く乗っかっちまったその決闘は、試練だ」

「試練? でも試練の間になんか行ってないぞ」

「前に試練にはいくつも種類があると言ったろ? その中の一つが決闘種なんだ。これは試練の石碑を通さなくても、挑戦者同士の合意があれば始まっちまう。つまりお前は新しい試練に片足を突っ込んじまったんだよ」

 目の前に夜の帳が下りて星すらもちかちかと輝くような錯覚に襲われる。危ない橋を渡らないでいるつもりが、わざわざ頭から突っ込んで行ってしまっていたのだ。

「いや……俺らがもっと早くに説明しておくべきだったな。お前のことだから決闘なんか申し込まれるとは思わなかったんだ。だけど央真、相手が名前を名乗った時点でおかしいとは思わなかったのか……?」

「名前? 名前なんて誰でも名乗るだろう」

 リストはなんとも言えない歯がゆそうな表情を浮かべた。その横で俺の枕に顔を突っ込んで笑い声を押し殺していたつくもが顔を上げた。

「リスト、人間には属名がないんですよ」

 知らない単語が出てきたのはこれで何度目だろうかと鬱々数えながらそれが何か聞いた。

「属名はそのまんま属する種族を表す名前です。魔界の人の名前は基本的に三つで構成されるんですよ。その真ん中が属名。央真さんフルネームなんでしたっけ」

「時ヶ崎央真だ」

「それじゃあ魔界風に名乗るなら、時ヶ崎・人間・央真ですね。こんな風に自分の種族を示すのが属名なんですよ」

「だけど基本的に今の魔界では属名までは名乗らない。ほとんどが混血になってるからな。だが未だに属名を重んじる奴もいる。そういう奴は大抵血筋の良い上級魔族だ。伝統も強さも圧倒的……だから属名を名乗った時点で自分の強さを証明してるようなモンなんだ」

 俺は唸りながら自分の軽率さを強く呪った。名前を名乗ることにそんな深い意味があるなんて思ってもみなかった。リストは俺が教えた少女が名前を反復する。

「メデュラン・エキナドゥーレ・マリナ……本当にそう名乗ったんだな?」

「あぁ、そう言っていた」

「……だとしたらかなり絶望的だぞ」

「強い……のか」

「強いなんてもんじゃない。エキナドゥーレ……魔女の血筋だ。おまけにかなり純血に近い。魔女ってのは俺らとは違う独自の体系で魔法を使える。魔界でもかなり恐れられている一族だよ」

「あと魔王に仕える一族だとも言われてますね。国を滅ぼすような魔王の元には必ず魔女がいるだとか」

「そこの新人マリナか……噂だけど聞いたことがある。確か魔獣使いとか呼ばれてる奴だろう」

 俺は昨日出会った少女を思い浮かべる。すました立ち姿からは魔女だとか魔獣だとか言われてもいまいちピンと来なかった。

「本当にそんなおっかない奴なのか? 自分に自信が持てないとか言ってたし、勝負事なんて苦手そうな普通の女の子にしか見えなかったぞ」

 そう言うと二人は呆れたように俺の顔を見つめた。

「……央真、それはギャグで言ってるのか?」

「な、なんだよ」

「見た目で強さを判断しちゃいけない最っ高の例を忘れたんですか? それとも鏡を持ってきましょうか?」

「あぁ……」

 そうだった。俺はいったい何を言ってるんだ。顔面魔王とまで呼ばれた奴が魔界で散々振り回されて酷い目にあってるじゃないか。恐ろしそうに見えて恐ろしく弱い俺がいるんだ。逆にか弱そうに見えて恐ろしい奴もいるのだろう。

「魔界にいる限り見た目で強さを判断するのはやめることだ。ここじゃあお前の半分ぐらいの小さな子供が数千の命を笑顔で奪った、なんてのは日常茶飯事なんだ。幸いこの町は統治する魔王のおかげで穏やかだが、外に出たらもっと恐ろしい奴がうじゃうじゃいるぞ。基本的に魔界は強い奴が正義、そん中で強さを見誤るってのは命取りだ」

 それで見事に命を取られかけているのが俺ってわけだ。

「ちなみに俺が戦って勝てる可能性は……?」

「ない」

「ないですね」

 鮮やかなまでの即答だった。まぁ確かに、ただでさえつくもなんかに振り回されている俺が魔女になんか勝てるわけはなかった。俺は降参とばかりに両手を上げた。

「それじゃあ仕方ない。今回は負けを認めるよ。しばらく試練を受けられないのは痛いけど仕方ない」

「そうだな、明後日の作戦はこうだ。魔女が姿を見せたらすぐさま土下座しろ。それで『俺の負けです。どうぞ許してください』とでも言えば勘弁してくれるだろ」

「魔女相手じゃそれが無難ですね。相手も新人なら大したもの賭けてないんでしょうし」

「……賭け? 何も賭けてないぞ?」

「そんなはずはありませんよ。決闘試練では基本的にお互いに何かを賭け合って勝負するはずですから」

「そう言われても何か賭けるだなんて……」

 俺は記憶を探っていく。何かを賭けた覚えなんてなかったが、あの少女が言ったことを一つずつ思い返していく。

 そしてある一言を思い出した。全身から血の気が引いていくのを感じる。いや、そんなはずはない。あんな冗談のように発せられた一言がそんな重要な意味を持っているなんて。

「…………お互いを」

「なんだって?」

「お互い自身を……賭けた……」

 二人が固まる気配を感じる。だが俺は恐ろしくて顔を上げることができなかった。その時の二人の表情を見たら絶望に呑まれてしまう気がして。

「作戦変更だ」

 リストが淡々と述べるのを、俺は震えながら聞いていた。

「お前はなんとしてでも勝たなくちゃならない。じゃなきゃ一生そいつの奴隷だ」

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