第6章 妖しさと作戦の衝突に
6.1
魔界。そう呼ばれる場所に来てから二週間ほどが経った。いやこの世界で週という単位が使われているか定かではないからそれが正しいかはわからないが、まぁ俺が閻魔大王に送り込まれてからそれぐらいの日が経っていた。
その間に魔界について何を学んだか。
まず食文化。基本的に人間の俺でも食べられる物は出てくるが、たまに発光していたり、目も眩むような蛍光色をしていたり、食べようとしたら逆に噛み付かれたりする。大概は原材料が何かすら不明。なので食文化についてはよくわからない。
次に言語体系。魔界にはかなりの種族、文明、言語があるらしい。しかし大抵の場所では言葉も通じるし文字も読めるらしい。その理由をつくもに聞いたところ、とても簡単な一言で表してくれた。魔法だ。……厳密に言うと、『魔界全土から採掘されるなんちゃらという鉱石が魔力と触れることによってなんちゃらかんちゃらという現象が起き、その影響下圏内では会話は言語ではなく共通意識概念の疎通を可能とするのでお互いに異なる言語で話していても認識する際には受容者の既知の言語としてなんちゃら変換され、文字においても同様にいかなる象形文字であれ執筆者の意図した潜在意識の残痕から受容者には伝達にされるが、このなんちゃらは意義趣旨のイミテーションに過ぎないので厳密には細部における齟齬が発生するので独自意義を持つ言語においては正確な伝達がうんぬんかんぬん……』らしい。つまり魔法ってすごい。ちなみに俺はずっと日本語で喋っていると思っていた。その事をつくもに伝えると「人間界のごく一部でしか使われていないマイナー言語が魔界の共通言語として使われていると思えるなんて人間の思い上がりって凄いんですね!」と感心されてしまった。結局、意思疎通はできるものの魔界の人がどんな言語を話しているかはよくわからない。
最後に生態系。角が生えてたり足がたくさんあったり鼻から火を吹いたりする。わけがわからない。
とどのつまり魔界について学んだ事といえば、魔界とはよくわからない所だということだけだった。
これなら魔界は魔物がいて魔王がいて暗くて危ない所というゲームマンガ的イメージを持っていた時の方が分かりやすかったのだが、実際の魔界は人間界とは似て非なる複雑で独特な世界であった。
それでも俺はなんとかこの魔界で生活をしていた。来てしまった以上、少なくとも王石の解放をするまでは生き抜くしかないと割り切って、慣れたとまでは言えないまでも一日一日を、試練の一つ一つをこなしていくぐらいにはなっていた。
そんな日々の中、今日は雑貨屋「しぐれや」の手伝いをしている。ゆくもさんと二人で倉庫にしまってある在庫の整理だ。
「ごめんね央真君。手伝ってもらっちゃって」
「居候の身ですから。できることならなんでも手伝いますよ」
「ありがとう。やっぱりオスの手があると違うわねぇ」
「オスって……」
今日は試練はお休みだ。というのも今日はリストの都合が悪いらしく来られないということでやめておいた。つくもと二人で行ってもいいのだが、つくもは十中八九高難易度の試練に挑ませようとしてくるのでベストとは言い難い。そこでゆくもさんから手伝いの声がかかったのだが、気が付けばつくもは逃げ去ったあとだった。
箱に仕舞われた商品をゆくもさんの指示に従って運んでいく。中に何が入っているのかはわからないけれど運ぶぐらいなら俺にもできる。簡単な作業だ。
「央真君は偉いわね。つくもなんてほとんど手伝いしないで遊んでばっかいるんだから。遊ぶぐらいなら試練でも受けて名声を上げなさいっていつも言ってるのに……」
ゆくもさんと作業している時は必ずと言っていいほど愚痴の相手にされてしまう。しかしつくもの実験に付き合わされることに比べれば遥かに安全だ。重い箱をよろめきながら持ち上げる。
「あぁ、それ気をつけて運んでね」
「割れ物ですか?」
「割れ物というか……爆発物?」
「へ?」
「落としたらこの町ごとドカンよ」
両手にかかる重さが倍になった気がした。俺が震えながらゆくもさんを見ると彼女は笑いながら俺の背中をバシバシと叩いた。
「うふふ、やぁね。冗談に決まってるじゃない!」
「そ、そうですよね!」
「吹き飛ぶのは精々この家ぐらいよ。あ、次はこっちの箱ね。こぼれると手が溶けるから傾けないでね。そこの鳴衝石の箱の上にお願い」
「……はい」
そうだ。魔界について確実にわかった事が一つだけある。
それは安全なんてないという事。
俺は倉庫の箱の山を目の当たりにしながら、遥か遠くの高校生活に思いを馳せた。いつかこんなわけのわからない危険な魔界ではなく、ゲームに出てくる安全な魔界を旅するのだ。その時はうんとレベルを上げてヌルゲーにしてやろう。低レべで回復ゴリ押しプレイなんてこりごりだ。
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