5.8
目の前の石碑が瓦解を始める。初めに大きな亀裂が入り、そこから小さな亀裂が縦横無尽に走り、音を立てて崩れていく。手も触れていないのに硬い石碑が崩落していく様子は物の風化を早回しに見ているようでもあり、どこか幻想的で不思議な光景だ。
壁に埋まっていた石碑はすぐになくなり、拠り所のなくなった蔦が頼り無さげに揺れていた。
試練の崩壊を静かに見終えると、右手に鼓動を感じる。前回と同様に指輪が熱を持ち始めていた。しかし前回の試練よりも高い熱を発していて、ともすれば火傷をしそうなほどだった。目の前にかざすと、王石の全体が激しく発光している。まるで石の中に血が流れているような激しい脈動が指に伝わってくる。さぁ、今回の試練の結果だ。
王石が目も眩む赤い光を一際大きく放つ。俺は目を逸らしながらも王石に亀裂が入る小さな衝撃を指元に感じた。
やがて音もなく指輪が発していた光が収まっていく。脈動していた指輪は既に物言わぬそれに戻っていた。俺は期待を込めて王石に目をやった。
「……うぉお!! 見てくれ、これ!!」
興奮しながら右手を突き出す。少し前までは小さなひびが入っていただけだった王石の見た目に変化が訪れていた。ただの石のような見た目だった外殻の一部が剥がれ、赤い宝石のような一端が現れていた。
「外殻が剥がれてきてる!」
「あぁ、どうやら今回の試練はそれなりの成果になったみたいだな」
リストが指輪に目をやりながら冷静に推測していた。
「おそらくこの試練は長い間誰にも突破されずにいたんだな。幾人もの挑戦者が挑んだが失敗に終わって、それで突破されないままずっとここにあったんだ。それで試練自体の功績が上がっていたんだろう」
「試練の功績?」
「あぁ。最初から難しい試練は勿論だが、何人挑んでも突破されなかったり、長い歴史のある試練っていうのは試練の価値自体が高くなる。功績が高い試練をクリアすればそれだけ名声は上がるし、当然王石の解放も進む」
「それじゃあ前回より今回の方が外殻が割れたのは、試練の功績に差があったから……なのか」
「そういうことだ。まぁ、それだけ長い間リッカは一人でいたことになるけどな」
「……今度遊びに来た時にはお礼を言わなきゃだな」
次に会えたときはもっと沢山話してやろう。そう心に決めながら、ふといつもより静かな事に気付いた。いつもはうるさいのが壁の近くで膨れっ面をしている。
「どうしたんだつくも。ほら、見てくれよ。王石の中が見えてきてるんだ」
「へー、それは良かったですね。お、う、ま、に、ぃ!」
「何むくれてるんだ?」
「むくれてなんかないですよ! つーん!」
つくもはそっぽを向いて出口へ一人で歩き出してしまった。それを見たリストは苦笑しつつ教えてくれた。
「リッカが懐いてくれなかったのを相当気にしてるんだな。あぁなったら長いぞ、つくもは。しかもやけに攻撃的になる。覚悟しておけよ、実験動物君」
「……今日泊まっていかない?」
「勘弁被るね」
俺らがコソコソと話しているうちに先を歩いていたつくもが振り返って刺々しい声を投げつけて来た。
「二人とも帰らないんですか? それともなんですか、子供に懐いてもらえない私と帰るのは嫌なんですか!?」
俺はリストと顔を見合わせてから、そそくさとつくもの後を追いかけた。それから帰り道の間、俺とリストはあの手この手で宥めようとしたがつくものへそは曲がったままだった。
リッカ、なるべく早く遊びに来てくれな。
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