5.5

 ようやく魔王城の「試練の間」に辿り着いて、俺達三人は次に挑む為の試練を探していた。溢れかえりそうな石碑の間を歩きまわって丁度良さそうなものを探していたのだが、捜索はかなり難航していた。いや、簡単そうな内容の試練がないわけではなかった。けれどいざ挑戦しようという段階に来ると途端に俺の気が挫けてしまっていたのだ。

「央真さん! もうそろそろなんか挑みましょうよ。試練探してるだけで日が暮れちゃいますよ? ほらこれ! 『夜を統べる戲竜を打ち倒せ』! 決定!!」

「むしろよくこんな難しそうなの見つけてきたな」

「じゃあこっち! 『混沌の息吹を噴き上げる洞蛇を倒せ』!」

「なんでお前の選ぶ試練は毎回『竜』だとか『倒せ』だとかが入るんだよ」

「じゃあもうこれでいいですよ! ほら」

「うぅん……でもそれもなんだか難しそうじゃないか……?」

「『草を食む幼魔を捕らえよ』ですよ!? どう考えても簡単じゃないですか!」

「いや、『赤き目の』って書いてあるし、この赤は血の色を暗示しているとか……」

「もう! 央真さんの意気地なしぃ!」

  つくもは頬を膨らませて石碑の合間に消えた。

「……央真、慎重になる気持ちもわかるが簡単すぎても今度は王石の解放が進まないぞ?」

「それはわかってるんだが……」

 そうだ、確かにちょっと臆病になり過ぎているのは自分でもわかっている。ただ、石碑に手をかざそうとするとどうしても前回の試練が脳をよぎってしまうのだ。あの痛み。普通なら死んでいて当然の傷を負う事を考えるとどうにも踏み切れない。

 そんな調子で俺は明らかに簡単だと確信を持てる試練を探していた。しかし一度疑心暗鬼に陥ってしまうとどれも恐ろしそうな試練に見えてくる。あれは駄目、これも駄目だと歩き回っているうちに部屋の隅の暗がりをうろついていた。端の方の試練には挑む者が少ないのか、石碑には苔が張り付いている。

 なんだか苔の生えた石碑がどうにも煮えきらない今の自分を表しているようで不甲斐なかった。いっそこのままここにいたら本当に苔でも生えてくるんじゃないかと、とりとめもないことを考えながらどっさりと腰を下ろす。壁に背をもたれかけて休憩していると、その壁にごつごつとした段差があることに気がついた。

 気になって張り付いた蔦やら苔を剥がしていくと、姿を表したのは試練の石碑だった。壁に半分ほど埋まってしまっている。こんな所にもあるのかと半ば感心しながら表面の汚れを落としていくうちに、その書かれていた内容に目が引き付けられていった。

「おいおい、俺らがお前の試練探してるってのにお前は遺跡の発掘か? ……どうした、そんな『挑んできた勇者が思いの外強かった』みたいな顔して」

「だから俺は魔王じゃねーよ。じゃなくてこれ」

 いつのまにか背後に来ていたリストが石碑を覗き込む。試練の内容に目を通すと怪訝そうな表情を浮かべた。

「これだけか?」

「これだけだ」

 腕を組んでしかめっ面なリスト。だが俺は見事に古代遺跡でも発掘したかのような気分だった。

「どうだ? これは簡単な試練だと思うんだが」

「……いや、なんだか怪しい気がする。こんな人目につかない場所にあるのも変だ」

「こんな場所にあるから見つからなかった掘り出し物なんじゃねーか」

「まぁそう思うんなら挑んでみても損はないだろうが……」

 なんとなく歯切れの悪いリストに不信感を抱きつつも俺はすっかりその試練に乗り気だった。歩き回っていたつくもが俺達を見つけて小走りでやってくる。

「どうですか、ようやく決まりましたか?」

「あぁ、これにしようかと思ってる」

 つくもが興味をそそられたように石碑の文章を声に出して読み上げた。

「『部屋の主と対話せよ』……なんですかこれ」

「どうだ。会話するだけ! 討伐も脱出もなし! 簡単そうじゃないか?」

 それを聞いたつくもは数秒間考えるような素振りを見せて、意味深にリストと目を合わせた。

「……なんだよ。確かに簡単過ぎるかもしれないけどクリアできないよりかはいいだろ?」

「いや、いいと思いますよ? こういうのを経験しておくのも」

 心なしか不安を煽るような口ぶりのつくも。その様子に若干たじろいでしまったが、改めて試練の石碑を読みなおしても俺には簡単だとしか思えなかった。

「ま、やってみないことにはわからないんだし、とりあえずチャレンジあるのみなんじゃないか?」

 リストがその場の空気を払拭させるようにあっけらかんと言った。なんだか後ろめたいものを感じつつも石碑に手をかざした。指輪と石碑が薄く発光し始める。

後ろからつくもの含みのあるような視線を感じて、俺はそれから逃げるように石碑に手を押し付けた。


試練≪悠久の部屋≫

     『部屋の主と対話せよ』


 送られた先は明るく真っ白な部屋だった。ちょうど立方体になっているんじゃないかと思わせる、壁も床も歪み一つない平面で構成された部屋。人工的過ぎて逆に違和感を覚えるような場所だった。その光景にどこか記憶を刺激される。

 ふとその部屋に入った瞬間、何か観察されているような違和感を感じた。しかしそれも一瞬のことだった。

 しばらく三人で部屋の中を眺めまわす。しかし壁と床と天井があるだけで調度品も照明も入り口すらも何もない。あまりにも何も無さすぎて不気味だ。それに試練の内容からして主とやらがいるはずなのに俺達三人意外には誰もいなかった。

「……すみませーん! 誰かいませんかー!」

 声に出してみたが誰も返事をしなかった。試しに壁の近くまで行ってノックをしてみたが、分厚く固い感触が伝わってきただけだった。それでも部屋の主とやらが現れるのを待って部屋の四辺を回ってみたものの一向に何も起きる気配がない。

 そこでようやく俺は何かがおかしいと感じ始めた。

「なぁ、部屋の主が出てこないんだが……」

 つくもとリストは顔を見合わせた。それから懐かしさと哀れみを足して二で割ったような表情でつくもが答えた。

「央真さん、これはおそらくスカ試練です」


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