5.6
「開けゴマ!」
静寂。
「アブラカタブラ!」
また静寂。
「偉大なる部屋の主よ……その姿を現したまえ!!」
そして静寂。
「なんでもいいから出て来てくれよ!」
壁に向かって叫ぶ俺を見て隅で座っていたつくもが飽きたようにあくびを浮かべた。
「央真さん、いい加減諦めてくださいって」
「いいや、絶対になんかあるはずだ……」
リストは意気込む俺の様子を見て楽しそうに笑っている。その声を背にしながらも頑に認めようとはしなかった。
これがスカ試練だなんてこと絶対にあるものか……。
◇◇◇
「スカ試練?」
オウム返しで聞き返す。困惑する俺の横でつくもが気が抜けたようにぺたんと床に座り込んだ。
「スカ試練っていうのはですね、理不尽なクリア条件が設定されている試練のことなんですよ。例えば決まった方法を知らないといけなかったり、特定の能力を持った種族じゃないと絶対にクリアできないような内容になってるんです。条件を満たせば簡単にクリア出来るけど、そうじゃなければどう足掻いてもムリ。そういうタチのわるーい試練がたまに混じってるんですよ」
壁を調べていたリストもお手上げとばかりに腰を下ろした。
「特徴としては試練の内容が短かったりな漠然としすぎてたりな。ヒントが少な過ぎて何をすればいいかがわからないんだ。俺も昔よく引っかかったよ。簡単だと思ったら手も足も出ずに終わり」
「あるあるですねー」
和やかに笑い合っていた魔界出身の二人だったが、俺としては笑える気分ではなかった。どうして先に注意してくれなかったのかと問いつめる。
「本当に簡単な試練かもしれなかったし、そこは箱を開けてみないとわからない。それが試練の醍醐味だ。それに忠告を振り切って決めたのは央真自身だろ?」
「そう言われると、そうだが……」
「まぁ今回の場合はどうにか部屋の主ってのを呼び出せばオーケーなんだろうが、ここが何の部屋なのか、その主が何者なのか、どうすれば出てきてくれるのかが何もわからないからな。ヒントも無しで八方塞がり。明らかなスカ試練だ。やっちまったな」
そのままリストはばったりと白い床に寝転がった。二人は既に諦めムードだった。しかし俺はそれでも諦めきれなかった。単なる負け惜しみなのかもしれないが。
その結果、どこかにヒントはないか部屋中をくまなく調べ、あげくの果てに駄目元で色々と叫んでみているのであった。
部屋に入った時に感じた視線のような違和感も相変わらず感じていた。しかし大声で叫んでも、部屋の中をグルグルと歩き回っても、逆立ちをしても何も起きなかった。
「もしこのままクリアできずにいたらどうなるんだ? 時間制限とか」
「時間制限はないですよー。強いて言うなら、お気に召すまで。ただ試練のリタイアはできます。デメリット付きですけど」
「デメリット?」
「しばらく試練を受けられなくなります。そうですね、大体七日間ぐらいかなー」
床を無気力にごろごろと転がりながらつくもが答えた。
「七日間か……。ちなみに三つの月? が重なるまでどれくらいあるかわかるか?」
「三つの月? あぁフォーソスの指先ですか。それならあと三十六日と少しですかね。この時期ですと」
つくもが指折り数える。会話を聞いていたリストが神妙な面持ちで体を起こした。
「それがタイムリミットなのか?」
「あぁ、三つの月が重なるまで。それが閻魔大王に言われたリミットだ」
俺はしばし頭を悩ませた。あと三十日程度。思っていたよりも長い気もするが、前回の試練と同レベルの試練を二十近く受けないといけないとなると正直ギリギリなラインだ。そこで七日間のロスはかなり痛い。やはりこの試練はどうにかしてクリアしなければ。
「央真、とんでもなく恐い顔になってるぞ。そんな顔じゃ部屋の主も出たくても出て来られねーよ」
よほど俺が深刻そうな顔をしていたのか、リストが苦笑いで自分の眉間を指差した。俺は一旦腰を下ろして自分の顔をマッサージする。そうだ、気ばかり焦ってもどうしようもない。落ち着いて考えないと。深呼吸して、気持ちを落ち着ければ突破口は見つかるはずだ。
真っ白い部屋の中で大の字になって寝転がる。そのまま気を鎮めて天井を見上げる。
「……ん?」
見上げていた視線の先でそれは起きた。ほんの一瞬の出来事だったので自分の目を疑ってしまう。しかしたとえ一瞬でも確信に足るものだった。
俺は天井と目が合った。
真っ白な天井に一対の目が浮かんでいたのだ。目を凝らして見た時には消えてしまっていたが、確かに目があった。その目は視線がぶつかった事に気付いて逃げていった。
俺は床に背中を付けたまま寝たフリをする。そのまま薄目を開いて、さりげなく壁を観察していく。
そして俺は見つけた。壁の一辺に張り付いて俺達を覗く目を。俺が気付いていることも知らずに部屋の中を観察している。
その目に気付かれないように俺は反対の方を向いたままつくもに近づいて肩を寄せた。
「……なんですか央真さん。残念ですがこんな密室に閉じ込められたシチュエーションでも恋は芽生えませんよ。央真さんは実験動物としては好きですが恋愛的に好きかと言われると……」
「違うわ馬鹿。お前の……なんだっけ、『
「はい、できますよ。それが何か?」
「いいか、俺が合図したらお前の背中側の壁、高さはちょうど今のお前の頭ぐらいの場所を叩け。後ろは向かずに、だ」
つくもは露骨に怪しむような表情を浮かべていたが渋々承諾してくれた。それを見て俺は立ち上がる。
「あー、もう駄目だー! 諦めるかぁー!!」
わざと大きな声をあげながら、後ろの目には気付いてないフリをして別の方向へ歩く。大きく伸びをしながら後ろをこっそり窺うと、予想通りその目は俺の方を向いていた。
「今だ!」
つくもが光る輪の中に手を突っ込むのが視界の片隅に見えた。
バチン。
「ぴぎゃっ!?」
壁を叩く音と小さな悲鳴が聞こえたのは同時だった。
俺ら三人は一斉に声のした方を向いた。直後は何も変わっていないように思えたが、よく見てみると床が盛り上がっている。
「…………いたい」
盛り上がった床が喋った。いや床と同じ真っ白なコートを着た何者かがそこにうずくまっていた。つくもとリストはそれを見て目を丸くしていた。
「いきなり……叩くなんてひどい。暴力反対……」
「悪いな。叩いたのはこのつくもだ。文句は全部コイツが引き受ける」
「あっズルい! 叩けって言ったのは央真さんじゃないですか!!」
「俺は思い切り叩けとは言っていない」
つくもがぶーぶー不平を垂れている間に、うずくまっていたそいつはゆっくりと体を起こした。
厚手のコートの中にいたのは少女だった。俺の半分も歳をいかないような見た目の、まだまだ幼い少女。フードの中には純白のショートカットが収まっている。大きすぎるコートの中から、その子は恨みがましそうにつくものことを睨んでいた。
しかしそんな視線はお構いなしに、瞬時に機嫌を取り戻したつくもがその子に飛びついた。
「きゃー! 何この子可愛いぃ!!」
「ひぃっ!」
その少女は瞬きする間もなくその場から消えた。つくもは勢いで壁に思い切り顔面を叩き付けた。どこに消えたのかと思ったら、いつの間にかその子は俺の真後ろに現れていた。
「あの子……こわい……」
つくもは顔をぶつけたことと拒絶されたことでダブルショックを受けていた。俺はその子を恐がらせないように目線を合わせて優しく声をかける。
「大丈夫。あの恐いお姉ちゃんから俺が守ってあげるからね」
そう言うとその子はぱぁっと顔を輝かせた。子供らしい無邪気で純粋な笑顔だ。思わずつられて笑みが零れてしまう。そしてその子は嬉しそうな声で、
「あなたは…………とっても顔が恐いのね」
カウンターショックを放ってきた。
俺とつくもは見事にノックアウトされ、しばらく部屋の片隅で自分の存在価値という哲学的思想と向き合う。
そんな俺らを気の毒そうに一瞥してから、リストがその子とコミュニケーションを図っていた。
「えっと、君……名前は?」
「……リッカ」
「君がこの部屋の主なの?」
「…………そう……」
「さっき消えたのは……君の『
小さくこくりこくりと何度か頷くリッカ。そのままふっと消えると今度は俺の目の前に現れた。
「……『
「すごーいリッカちゃん! 可愛いのにすごい!」
リッカはまた怯えるように俺の後ろに隠れた。だけど褒められて悪い気はしなかったのか、顔だけ出してふんすと鼻を鳴らしていた。
「それじゃあ、その作った空間の中で俺達のことを観察してたんだな。どうして隠れて見てたんだ?」
「久しぶりの……お客さん。でも、わたし、話すの苦手……だから……隠れてた……」
囁くような声を聞き取るのはなかなかに大変だった。俺はその子を見ながらどこか既視感を覚えていた。
「恐い人だったら……嫌。あなたは……とても恐い、顔」
「ぐっ……。で、でもずっと俺の事見てたよね。それはどうして?」
「それ、は……あなたが、お母さんのこと……話したから…………」
「お母さん?」
「わたしの……お母さん……。閻魔……大王」
そこでようやく感じていた既視感の正体に気が付いた。そうだ、この子はあの閻魔大王に似ているんだ。その白銀の髪も、話し方もそっくりだ。よく見れば顔にも面影がある。
「閻魔大王の娘!?」
「あのゴールド免許の!?」
リストが仰天してつくもはぽっかり口を開いていた。
「そう。わたしの……お母さん……とってもすごい……自慢のお母さん……むふー……」
三人の前で胸を張るリッカ。つくもが抱きしめようとしてまた逃げられていた。
「それで、リッカ? 君がこの部屋の主なら試練はこれでクリアなのか?」
「……顔の恐いお兄さんは……お母さんに、会ったの?」
「あぁ、会ったよ。君のお母さんに会って俺は魔界に来たんだ」
「じゃあ、お母さんと会った証拠……見せて。そうしたら……ここから出して、あげる……」
証拠、と言われても……。俺は当惑してしまう。会った証拠といってもわざわざそんなものは貰っていない。一緒に記念写真を撮ったわけでもあるまいし。
「サインとか貰ってないんですか央真さん?」
「貰ってるわけないだろ、死後の世界だぞ!?」
第一何の準備もなく魔界に放り込まれたのだ。持ってきているものなど一つもない。閻魔大王に貰った物だってこの指輪ぐらいで……。
いや、もう一つある。はたと思い当たった物がもう一つあった。絶対に役に立たないと思っていた物。他ならぬ閻魔大王に貰った物だ。
俺はポケットの奥から皺だらけになった小さな紙片を取り出した。まさかこれでいけはしないだろうと思いながらも、それを差し出す。
「えっと……これ、閻魔大王の……名刺……なんだけど」
リッカは小さな手でそれを受け取るとじっと見つめた。そして顔の近くに持って行く。
「…………お母さんの、匂いだ……!」
いけてしまった。
本当にそれでいいのかとこっちが聞きたくなってしまう。しかしそれでもリッカは納得したようだった。まさか困った時に本当に役に立つとは思っていなかったです閻魔大王。
リッカはさも大事そうに名刺を胸に抱きしめた。
「ありがとう、顔の恐いお兄さん。……お母さんの名刺……大切にする……」
「……リッカは本当にお母さんが好きなんだな」
「そう……大好き。愛してる……大きくなったらお母さんと結婚する……」
うん、それはちょっと違うんじゃないか?
少女から何かしら危うげなものを感じ取ったが、そこにはあえて深く追求しない事にする。このぐらいの年の少女なら無きにしもあらず、かもしれない。
「そういえば、リッカはここに住んでいるのか?」
「うん……お母さんがいない間……この魔王城の部屋に……いる」
「ここ魔王城の中だったのか……」
「そう……わたしの家族は……お母さんだけ。……お母さんが、わたしがお喋りできるようにって……試練を作ってくれた……でも、クリアされちゃったから……今日からは……またしばらく……一人…………」
「リッカ……」
「そう……。お母さんからの……高度な焦らしプレイ…………」
……よし、聞かなかったことにしよう。
目の前の少女の行く末に一抹の不安を感じつつも、不審な微笑みを漏らすその子に声をかけることはできなかった。
その代わりに声をあげたのはリストだった。
「みんな名残惜しいのはわかるが、もういい時間のはずだ。そろそろ試練を終わりにしよう」
「えぇ……もっとリッカちゃんとお話ししたいですよぉ」
つくもはこの短時間でリッカのことをえらく気に入ったようだった。しかしつくもに好かれるとあまりろくな事にならないというのを本能的に悟ったのか、リッカは試練を終える準備にかかっていた。
「それじゃあ……わたしの『
「あぁ、よろしく頼む。リッカと話せて楽しかったぞ」
「もちろん俺もだ」
「私もですよ! とっても楽しかったです!」
リッカは年相応の純粋な笑顔を見せた。
「……私も……楽しかった。……久々にたくさん、お話しして……なんだか……気分が……わるおろろろろ」
そしてリッカは突然吐いた。その
「……じゃーん。……エチケット空間も作れまーす…………」
「…………」
いやどんな顔すればいいのかわからねぇよ。
「『
反応に困っている俺らを連れて、リッカは『
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