5.2
「リストってさ、つくもとは付き合い長いのか?」
人ごみの中を歩き慣れた様子で進んで行く背中に質問を投げかける。彼は振り返ると足を止めて、俺が追いつくまで待っていてくれた。
「んー、そこそこかな。小さい頃から一緒だったってわけじゃあないよ」
エルフェリータの町は人間の世界じゃ見たことないほどしっちゃかめっちゃかだ。道はどれも思い付きで作ったかのように繋がる場所も方向もばらばらで、案内がいないと途端に見知らぬ裏路地に出てしまう。目印になる立て看板だってたまにふらっと散歩に出てしまうんだから、こうして誰かと一緒じゃないと迂闊に観光もできない。
リストは瞼までずり落ちてきていた布を押し上げ、俺が追いついたのを見るとまたのんびりと歩き始めた。俺は速足で隣に並びながら会話を続けた。
「でも相当仲は良い……んだよな」
「言ったろ、腐れ縁だって。なんだ、やけに気にするな? お前そんな顔してつくもみたいのがいいのか」
「そんな顔は余計だ。というかつくもをそんな対象にあげるのも勘弁してくれ……」
あんな二足歩行のライオンレベルで危険な奴、微かにだってときめいてたまるか。
彼はそれを聞くとケタケタと笑った。なんだか下駄を鳴らすような笑い声だ。
「だよなぁ。腐れ縁目に見ても外見は悪くないけど、誰彼構わず突っ込んでくのは手がかかりすぎる。それにやっぱ相手にしてもらうんなら年上のオネエサンだよな」
「まぁ、それなりに同意だ」
「はは、今から行くとこには期待しててもいいぞ」
「……よくわからないが、角が生えてても恋愛観に大差はないみたいで嬉しいよ」
「別に珍しいモンでもないだろ、これ。お前もそのうち生やしてみろよ。似合うぞ」
頭から雄々しく伸びているそれを軽くかきながら気安く言うが、そんな髭を伸ばすノリで生えてこられても困る。髪洗う時大変そうだし。
背中に泡を背負った巨大なヤドカリの一群が道を横切るのを待ちながら、彼はふと思ったように言った。
「でもなんで突然、俺とつくものことなんて聞いてきたんだ? ……あ、そこの柱唾吐くから気を付けろよ」
俺は顔面に付いた緑の粘液を拭いながら答える。
「単純に興味があったのもなんだけど……。あー、その……」
「なんだよ煮え切らないな」
続きを促されたので仕方なく思っていたことを全部吐き出してしまう。
「いや、さ。リストからしたら俺ってほとんど赤の他人だろ? なんでそんな奴をわざわざ手伝ってくれるのかなーってさ……」
「なんだ、オジャマだったか?」
「いや全然全然!! 助かりまくってます! ……でもなんで見ず知らずの俺にそこまで、って……」
彼の助力はなくてはならないものだったが、それでも何故助けてくれるのかがわからなくて不安もあった。今まで助けてくれた人間はみんな、見返りに誰かを脅してくれだとか、自分の地位に箔を付けたいとか、そんな人間しかいなかったから。もし彼もそんな人間と変わらないのだとしたら、近づきすぎるのは危険で……いや、そんなことじゃない。そうだと後からわかったら、単純に悲しいのだ。
けれど彼の表情はそんなことかという軽さだった。
「お前は見ず知らずの奴なんかじゃねーよ」
彼のその力強い言葉に、俺は思わずどきりとする。それってもしかして、俺達はもう友だ……
「それどころか見た目が恐怖の大魔王じゃねーか。正直あんまり関わり合いにもなりたくなかったね」
俺は地面に突っ伏した。わかってた……わかってはいたんだ……!!
俺が目にきらびやかな物を浮かべるのを軽く笑い飛ばしてから、彼は変わらず歩みを進めた。
「でも、それじゃあなんで……」
「ぁん? そんなに理由とか気になるもんかね。別にほとんど暇つぶしだよ。人間の話を聞けるのは興味深いし。あとはまぁ……やっぱりつくもかな」
「あいつになんか……?」
「続きは座りながらにしようぜ。着いたからさ」
彼は一軒の建物の前で立ち止まっていた。両隣の建物から押しつぶされそうな(というか実際寄りかかられていた)小さな一軒。割と閑散とした通りの中だが、その建物からは賑やかな喧騒が聞こえてきている。
「ここって……」
「俺の超オススメの店、喫茶『フィフィ』だ」
脳裏に生前最後に喫茶店に行った時の苦い(比喩ではない)記憶が蘇る。今回は頭からコーヒーを被るような目にあわなければいいのだが。
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