4.5
試練≪石窟からの脱出≫
『風吹き抜ける道、歌声を奏でる。伴奏を務めし鉱石の眠る洞窟を抜けよ』
今度は無事に両足で着地ができた。足の裏から伝わる感触がそこは細かな石が散乱する場所だと教えていた。少し遅れて砂利の上に着地する音が二つ。音の方に顔を向けるとつくもとリストが周りを見渡していた。
「ここどこですかね」
「……さぁ」
さっきまでいた魔王城の部屋よりも幾分狭い洞窟だった。三人並んで立つとそれだけで幅がいっぱいになるぐらいの狭さの通路に、松明だけが灯り真っ直ぐに伸びている。特徴と言う特徴と言えば壁や地面から大きめの岩が飛び出している事と小さな横穴がいくつもあるぐらいだった。試練の内容から歌う魔物か何かを覚悟していた分、少し拍子抜けする。
「……見る限り普通の洞穴みたいだな。なんか生き物がいそうな気配もないし」
「クリアする方法は簡単そうですね。おそらくあの出口から抜ければそれでいいはずです」
通路の先を見ると確かに数十メートルほど先に光が見えていた。
「こんな簡単でいいのか? あの出口から出るだけ?」
「まぁ試練は様々だから驚くほど簡単な物もあるにはあるが……」
リストの声を背にしながら俺はその出口の光に向かって恐る恐る歩き出した。しかし数歩歩いても何も変わった事はなかった。それから少し小走りになっても何も起こらないので俺は思わず笑い出しそうになった。どうやら当たりの試練を引いたようだ。
やった。もうあそこから出るだけで試練は突破だ。それで元の世界に生き返れる。閻魔大王の悔しがる顔が見えてくるようだった。
自分の運の良さに感謝しながら出口に向かって駆け出した時だった。先に見える出口から突風が吹いた。けれどただの風だ、そう思ってそのまま突っ切ろうとする。それが間違いだった。その風が一際強くなり、近くの横穴からふいに音が聞こえる。
「ッ! 央真、戻れッ!!」
その言葉の意味を問い返そうとした。
しかし次の瞬間、俺は壁に叩き付けられていた。
「か、はッ……!?」
何が起きたか理解する間もなかった。気付けば俺の体は激痛とともにもう一度吹き飛ばされ、後から追いかけてきていたつくも達の目の前に落下した。
地面を横滑りしながら、俺は肺から抜け出した空気を取り戻そうと必死に喘いだ。叩き付けられた痛みに加えて全身を突き刺すような痛みに悶絶する。
「央真さん大丈夫ですか!?」
「がッ……あぁぁア!」
「落ち着け央真! 全身に岩の破片が刺さってる……。動くともっと深く刺さるぞ」
そりゃあ落ち着けるわけだ! そう言い返したかったが、俺の言葉は苦痛の悲鳴にしかならなかった。リストとつくもが突き刺さった破片を一つずつ引き抜いていく。その度に俺は歯を食いしばって声にならない悲鳴を上げた。
全身から血を流しているのを感じながらも目を瞑って気持ちが落ち着くのを待った。呼吸がなだらかになってきた頃、ようやく体の痛みも引いてきた。恐る恐る傷跡を見ると血の流れた跡は残っていたものの、傷跡は見ている間に不快な音を立てて塞がっていた。
「……なんだ今のは」
「鳴衝石だ」
傷跡から目を剝がし起き上がろうとする俺を支えながら、リストが短く答えた。つくもが近くの壁に走って行ったかと思うと、手の上に小さな石を乗せてきた。
「これですよ、これ。見ててください! ごほん……らららーららー!」
突然つくもが歌い始めたかと思うと、パン! という破裂音とともに石が砕け散った。
「…………ひどい歌声だな。それも石が割れるほど」
「失礼な! 違います! 音に反応して破裂する、それが鳴衝石なんです!」
音に反応して……破裂する石?
「そう。この鳴衝石は中に圧力を溜め込んでいて、なおかつ石自体の周りにも小さな空洞ができている。ある程度の音が鳴ると共振して中の圧力で砕けて破裂するんだ」
「じゃあ俺が吹き飛ばされたのはもっと大きな鳴衝石が爆発したから……」
「あぁ、そういうことだ。体中に刺さったのはその破片だ。これで試練の内容がわかったな」
リストの方を振り返ると、彼は何とも言えない複雑な表情をしていた。
「……どういうことだ?」
「いいか? 『風吹き抜ける道』は洞窟にある横穴だ。爆発が起こる前、何かなかったか?」
そう言えば爆発が起こる前に突風が吹いていた。
「おそらくこの洞窟はそれ自体が巨大な笛のような構造になってるんだろう。風が吹く事で音が発生して、それで鳴衝石が爆発する」
「じゃあ『歌声を奏でる』っていうのは、その笛のような音のことで……」
「『伴奏を務めし鉱石』は鳴衝石ですね!」
「そうだ。だからこの試練の内容は、風が吹く時に爆発する鳴衝石をくぐり抜けて出口に向かえ、だ」
数秒の間、三人とも無言であった。始めに沈黙を破ったのは笑顔を隠しきれていないつくもだった。
「……簡単な試練ですね!」
「お前、喜んでるだろ」
「えへへ、まさかー。えへへ」
殴りたくなる屈託のない笑顔というものが存在するんだな。勉強になる。
「そう怒るな央真。これは確かに簡単な部類だぞ。種族によっては爆発を無視して強行突破することもできる試練だ」
「生憎俺は人間でな。一度食らっただけであのザマだ」
「卑屈になるな。難しくとも不可能じゃない。時間はかかるだろうけれど、風が吹く度に隠れて少しずつ進めばクリアはできる」
……そうだな、落ち着け。俺は自分に言い聞かせる。泣き言を言っている場合じゃないだろ。俺はなんとしても試練をクリアしてこの王石を解放するんだ。魔王なんてもの死んでも目指したくはない。指輪が嵌められた右手の拳を握りしめる。
「……よし、やってやろうじゃねーか」
「その意気だ。いいか、鳴衝石は破裂する前に石自体も小さく音を出す。それを聞き逃さないようにするんだ。風が吹いたら近くで音を出してる石がないか確認して、もし近くに鳴衝石があったら離れろ。わかったか? とにかく耳を澄ませ」
言われた事を頭に叩き込む。手順を脳内で繰り返してから出口の光を見据えた。
「いけー央真さん! たかが人間でもできるってとこを見せてやれー!」
いったい声援なのか野次なのか判断に困るつくもの声を背にして俺は進み始めた。数歩歩いたところで、出口の方から突如としてあの忌まわしき風が吹いてくる。
(耳を……澄ませ)
横穴から笛のような音が流れ始める。立ち止まって、周りに音を出すものがないか慎重に確認する。すると数メートル先の壁に埋まった岩から、小さく口笛を吹くような音がこぼれた。
素早く一歩後ろに引いて岩の陰にうずくまる。一秒もしないうちにその岩はさっきの小石とは比較にならないほど派手に破裂した。しかし俺の元には小さなつぶてが飛んで来ただけで怪我はどこにもなかった。
(……よし。これなら行ける)
俺は小さな確信を持って出口に向かって足を進めた。数歩進んでは足を止め、風が吹いて来ないか確認する。そしてまた数歩進む。もし風が吹き始めれば耳を澄ませ、危険があれば隠れる。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩……。少しずつではあるが着実に出口へと近づいていた。
何回目かの待避の後、確実に爆発を避けてから後ろを振り向く。気付けばつくもとリストの姿は前方に見える出口と同じほどの距離に離れていた。額から流れる汗を拭いながら小さく息をつく。ようやく半分か。
残りの道のりをもう半分だと見なすか、それともまだ半分だと見なすか。どちらにせよ進むだけだ。俺の目には出口の先に元の世界が見えていた。
「あと半分ですよー! 頑張ってくださーい!」
ふいにつくもの声援が洞窟内に響いた。なんだかんだでアイツも応援してくれているんだな。そう嬉しく思いかけた時、その反響に共鳴するように聞こえたのは、頭のすぐ上のヒュゥという笛の音だった。
「マズい!」
咄嗟に前へ飛び込む。頭上にあった鳴衝石が爆発し、その爆風で数メートル転がる。
ぶつけた膝を擦りながら振り返る。反省の色を見せているかと思い気や、つくもは大満足の表情でガッツポーズをしていた。間違いなく故意だった。
思い切り罵倒してやりたかったが、また爆発を誘発しかねなかったので二度とするなという怨嗟を込めて睨みつけるだけにしておいた。俺の表情にさすがに恐怖したのか、つくもは顔を固めて目を逸らした。
しかし声にも反応するのか、鳴衝石は。もうここからはリスト達に助言を求めることもできないだろう。完全に一人での戦いだった。
ふいに人間界での生活が頭をよぎる。最高の人生からはほど遠かったが、それでもこんな苦痛な目には遭っていなかった。あの世界に戻ろう。そう決意を改め出口へ向かう。
不幸中の幸いか、つくもの不意打ちで前方に転がったせいでだいぶ出口まで近づいていた。走っていけばもう十秒もかからないだろう。しかし出口に近づくにつれて突風は強くなっていた。抜けていく横穴が少ないからだ。そのせいでほとんど絶えず音が響いていて、出口付近では小さな爆発が何度も起こっていた。
気持ちとしては一気に駆け抜けたい。けれどここで大きな爆発に巻き込まれたらそれこそ半分近く押し戻されてしまうだろう。焦る気持ちを抑えて、風が治まる数秒数秒を見計らって一歩ずつ進路を刻んでいく。
そしてようやく出口まで数メートル、一気に駆け抜けられる距離にまで来た。俺は歓喜に打ち震えた。これで勝った、そう気を緩めた瞬間だった。
俺は忘れていた。ここが魔界で、どんな不条理が待ち構える場所かという事を。俺は気付かなかった、足下で小さく魔の音がする事を。
小さな破裂音。だが俺の体は大きくバランスを失って地面に叩き付けられた。
「グゥッ……」
慌てて足下に目をやると右足のふくらはぎを鋭い岩の破片が貫通していた。
(抜かった……こんな最後の最後で!!)
破片に力を込める。だが全く抜ける気配がない。これでは走る事ができない。だが出口は見えている。這ってでも進んでいける距離だ。
しかし不運というのは重なる。いや、それこそが試練なのかもしれない。前髪を風が揺らす。その風は瞬間に大きくなり、やがて今までで一番大きな突風になった。
「勘弁してくれ……っ!!」
体の真下からあの音が聞こえる。避ける暇もなかった。俺の体は天井に叩き付けられ、すぐに重力に従って地面にも叩き付けられた。体中が麻痺する。その間にも周囲の岩が次々に爆発し、俺は壁に叩き付けられた。
そして出口の真上から音が聞こえた。俺は顔を上げて愕然とする。出口の真上からせり出した巨大な岩、それは今までの物とは比べ物にならないほどの鳴衝石だった。
(あんなのが爆発したら下手すりゃ半分以上後方に……いやそれどころか天井が崩落して出口が塞がっちまうぞ!?)
なんとか数メートル先まで行ければ、それで終わりなんだ! けれどナメクジのように這って進むしかない俺にとってそのたかが数メートルが遥かに遠かった。吹き付ける風が強くなる。ヒュオオ、ヒュオオと不気味に音を立て始めたその鳴衝石の声は、自らの今際の呼吸に聞こえてくる。
(ちくしょう……ここまで来て終わりかよ……!!)
後ろを振り向くと、遠くにつくもとリストが見えた。けれど助けを求める事はできない。何もすることはできない。
遠く、数十メートル先のつくもと視線がぶつかった。その時、たった一つだけ、ありえない発想が脳に走った。それは馬鹿みたいでめちゃくちゃな考えだったが、この状況を打破できるかもしれない唯一の策だった。
迷っている暇はない。今まで以上の覚悟を決める。その馬鹿な策に全ての望みをかける。俺は体を捩って、出口ではなく、今まで通ってきた通路の方を向いた。そして俺は全ての力を振り絞って―――、
「つくものばかやろォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
腹の底から思い切り叫んだ。
俺の叫びは洞窟内で跳ね返り、反響し、そして通路の先から鳴衝石が連鎖するように次々に爆発し始める。遂に目の前に並んでいた、俺を挟んで出口と反対側の鳴衝石が一斉に爆発した。
そして、俺の動かなかった体は爆風と岩の破片によって、出口に向かって一直線に吹き飛ばされた。
「間に合えぇぇぇぇ!!」
出口にそびえていた鳴衝石が爆発する。しかし俺の体は、既に半身出口の外に出ていた。出口のすぐ外の地面には光を放つ一つの輪。
「これでッ……クリアだ!!」
全身に岩が突き刺さるのも無視して、俺は空中で身を捩り、その『
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