4.3

「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」

「ふむ、『人間は橋を揺らされると泣きながら命乞いをする』と」

「あんな安全バー無しの絶叫コースター体験すれば泣きたくもなるわ!!」

 小石だらけの地面に膝をついて呼吸を整える。地面があるって素晴らしいね。ありがとう母なる大地。ビバ大地。

 無事に(というにはいささか精神的疲労が大きかったが)橋を渡りきると、そこは城の周囲に複数ある入り口の一つだった。俺の身長の二倍はある両開きの重たそうな扉が静かに閉じられている。

「さてと、さっさと入りますか」

「お前この様子の俺見て休憩取ろうとか思わないの」

「何言ってるんですか。魔王城は待ってくれませんよ!」

「いや待ってくれるだろ。こんなでかい城が逃げるかよ……」

 つくもが体重をかけるように扉を押し開ける。仕方がないので震える足を張り渋々立ち上がって後を追う。

 城なんて物は映画の中か漫画でしか見た事はないが、魔王城はその乏しい知識のイメージのどれとも似つかなかった。

 城の内部はひたすらにだだっ広いホールになっていた。歴史のありそうな金物の装飾を施してはいるものの、野球が数試合同時に開催できそうな広さだ。

 足下に敷かれた絨毯は一直線にホールの中心に向かっている。反対側は見えないが、あの城の大きさから言って、これでもまだ入り口の一部なのだろう。天井はプラネタリウムのようなドームになっていて、絶えず壁から中心に向かっていくつも流れ星のような光が昇っていき、数十秒ごとに朝と昼を入れ替えている。

 ホールの中心には大きく弧を描くようにカウンターが据えられており、その向こうには白を基調とした同じ正装に身を包んだ人々が並び、その様相はまさに受付を呈していた。どこか銀行を思い出させる整然とした空間だ。

「ここ魔王城なんだよな? なんで受付があるんだよ」

「そりゃあここに来る人はみんな用件がバラバラですから」

「はぁ……?」

 毛の長い柔らかい絨毯の上を歩きながらつくもが説明を始めた。

「質問ですけど、央真さんは魔王についてどれくらい知っていますか?」

「えっと……魔界の王様? 魔物のボス?」

 これ見よがしに溜息をついたつくも。俺は言いたいことをぐっと飲み込んでつくもが説明してくれるのを待った。

「いいですか、ここ魔界において魔王とは各集団、同盟、コミュニティ等の最高位の役職のことを言います」

「つまりどういうことだ。魔界の王で魔王じゃないのか」

「ここで大事なのは、各集団、同盟、コミュニティそれぞれに魔王という役職は用意されているんです」

「それって……魔王がたくさんいるってことにならないか?」

「そういうことです。例えば町で複数の商業店をまとめあげる人がいれば、それはその商業コミュニティの魔王ですし、町をまとめる一番偉い人も魔王です。他にも特定の職業でトップに立つ人も魔王と呼ばれますね。央真さんのイメージする魔物を引き従える魔王もいるにはいますが、かなり珍しい部類ですね」

「魔王ってもっと恐ろしい存在かと……」

「むしろ逆ですね。コミュニティをまとめる魔王は威厳を持っていて、慕われる方が多いです」

 ぼんやりと魔王の指すイメージが掴めてきた。ようするに元居た人間界の社長なんかに当たる職業なんじゃないだろうか。脳内で高笑いをしていた魔王のイメージを必死に消し去って、新しいイメージを上書きする。

「んー……。それじゃあつくも、魔王ってのは凄い奴からショボイ奴までいるのか」

「えぇまぁ。魔王の存在自体は凄いのから凄くないのまでピンキリです。今日の朝会ったおばちゃんもあの系列店のトップなんで一応魔王ですからね」

「じゃあお前魔王からカツアゲしてたのかよ……」

 あの悲鳴をあげていたおばちゃんが魔王と言われてもどうもしっくりは来ない。というか魔王ってそんな簡単なものでいいのか?

 まおうのていぎがくずれる!

「まぁ簡単だとは言っても魔王になるには色々と条件がありまして、例えば強さが必要だったり、頭が良かったり、人々に慕われていたり……」

 つくもが指折り数え始める。話が進まなさそうなので続きを催促する。

「はい、そうですね。他にも地域を従える魔王だったり、強靭な強さが求められる魔王、後を継ぐ必要がある魔王なんかもあるんですけど、その魔王に最適な人を見つけるのは困難! さてあなたならどうする!?」

「知らん」

「はいそう! 魔王城に行くんです!!」

 何も答えてねーよ。

 つくもは構わずに続ける。

「ここ魔王城では日々色んな試練が開催、集まっているんです。試練にも種類や難易度が色々あって、達成した試練によってその人の実力が証明されるってわけです。そうすると自分にあった仕事を紹介してくれたり、魔王のスカウトが来たりするんですよ!」

 ふむふむ、つまり自分の経歴や実力によって、ここで職を紹介されるってことか。あれ、でもそれって……。

「じゃあここって職業案内所ってことか!?」

「平たく言うとそうですね」

 魔王城、まさかのハロワ。

 あんだけ巨大な城で中身がハロワだと……魔物が跋扈するイメージが音を立てて瓦解する。元の世界に戻ってもしばらくRPGは楽しめそうにない。

「そういうわけで、魔王城は『魔王になる人が集まる城』なんです。試練の他にも授業を開いていたりするんで魔界の人は大抵ここのお世話になってますね」

「なんだか拍子抜けだよ。魔王とバトルでもさせられるのかと思ったわ」

「武闘派の魔王が住む魔王城っていうのもあるにはありますけどね。散歩気分で顔を出しても四肢をもぎ取られるだけです」

 そこら辺はがっつり魔界だった。

「それじゃあ閻魔大王が言っていた試練、ってのはここで開かれているものなのか?」

「おそらくそうかと。魔界の人は大抵ここで試練を受けて王石を解放しますから」

 つくもの説明が終わる頃に丁度カウンターのすぐそばまで辿り着いた。カウンターの奥には業務用にしてはぎこちなさ過ぎる笑顔を浮かべた女性が立っていた。

まぁ俺の顔を前にしているから仕方がないのかもしれないが(むしろ逃げ出さないだけ職業根性が行き届いている)、驚くべきはその表情ではない、ブロンドの髪からのぞく尖り軽く上を向いたその耳だ。それはいわゆる噂に聞くエルフ耳だった。

 感動して見入る俺をつくもは呆れるような目で見ていた。

「央真さん、下品な顔になってますよ。受付さんが怯えてます」

「失礼な。下品な顔なんかしてないぞ」

「失礼しました。どちらかというと『このエルフの娘を監禁して縄で縛り上げて吊るしてあんなことやこんなことをしてやるぜゲへへ』な顔ですね」

「そんな的確にシチュエーションを表現する顔があるか!」

「もしくは『コイツぁ上玉だ。調教して闇市で売り払えば高く付きそうだぜゲへへ』な顔です」

「だからそんな顔があるか! あと俺はゲへへなんて笑い方しない!」

「あれ? グへへ派でしたか」 

「ゲへへ派でもグへへ派でもねーよ!」

 俺達の会話が聞こえていたのか、受付のエルフは悲鳴を上げながら奥へとすっ飛んでいった。エルフと会話をするという貴重な体験ができると思ったのに。

「どうすんだ。受付の人どっか行っちゃったぞ」

「別に大丈夫ですよ。今日は受付に用はないですし」

 あの人怯え損じゃねーか。事も無げに通り過ぎたつくもは受付のカウンター沿いに歩いていって、その横にあった一つの扉を開いた。

「この扉は受付のもっと奥、城の中心に繋がってるんですよ」 

 その先にあったのはまた広いホールだった。入り口から受付まででもかなりの距離があったはずなのに、改めて城の大きさを思い知らされる。ただその部屋は前の場所とは違って何の装飾品も飾られていなかった。

 不思議な部屋だった。薄暗い部屋には床から壁、天井にまでに至って不可思議な幾何学模様が描かれている。部屋の床の中心に一際大きな円が描かれており、そこから床に点在する円を線が結んでいる。

「変な所踏んじゃダメですよ? 飛ばされますから」

「飛ばされる?」

 何の事か全くわからなかったが、何だか危なさそうだったのでつくもの後を追って俺も円を踏まないように進む。

「えーと、ここです。央真さんお先にどうぞ?」

 つくもは一つの円の前で立ち止まった。澄ました顔でその円を指しているが俺にとっては何がなんやらだ。 

「お先にってなんだ」

「その丸に顔を近づけてよく見てください」

 言われた通りその円に顔を近づける。チョークで地面に書かれたようなフラフープ大の円。ただの床の模様に見えたが、目をこらすとその内側は少し波打っていた。なんだか少し大きな水たまりのような……。

「はいドーン!!」

「うぉお!?」

 突然、背後から背中を押され、俺は顔面から思い切りその円に突っ込んだ。

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