4.2
空を飛び交う不気味な鳴き声、どこか腐った匂いを含んだ湿った風、そして日の届かぬ鬱蒼とした暗い森。光も射さない獣道を延々と歩き続けると、誰も寄り付かないような森の奥地に壮大な石造りの城が姿を現す。
巨大で重々しい門を押し開くと、城の中からはすぐに幾千もの魔物のうなり声が溢れ出す。
訪れる者を惑わすダンジョンの中には血に飢えた魔物がはびこり、我先にと肉と骨を引きちぎろうと迫ってくる。
迫り来る魔獣を残らず薙ぎ倒し、傷付いた体と血にまみれた剣を引きずり、ようやく最上階の最奥の扉に辿り着く。
恐怖で強張る体を懸命に奮い立たせ、扉を開け放つとそこは王の間。絢爛を極める王座についている魔王は、一欠けらも臆することなく悠然と語りかけてくる。
『よくぞここまで辿り着いた、勇者よ。まずは褒めてやろう』
広いホールに奴が一人、手を打つ乾いた音だけが響き渡る。
『貴様が余を討ちにきたのはわかっている。しかし貴様に余は倒せん』
『それはやってみないとわからないぞ!』
『ハッハッハ。貴様を殺すのには五秒とかからぬ。だが、ここまで来た貴様をただ殺すのは勿体ない。どうだ、余と組まないか』
勇者は剣を持つ手をいっそう強く握りこむ。
『貴様と余が組めば世界を思うままに操ることなど容易い。共に世界をその手中に収めてはみないか』
『お断りだ! 愛する人達を奪ったお前を、俺は許さない!』
『交渉決裂か……』
魔王がゆっくりと立ち上がる。兜のような大きな二本の角に、蝙蝠のような黒い翼、異形としか表現できない姿を広げる。
『さぁ、貴様を殺してやろう。命乞いの準備はできているかな?』
『こっちのセリフだ! 覚悟しろ魔王!!』
『死ねぃ勇者よ!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
ちゃらららららー――――――
「……ってイメージなんだけどなぁ、魔王城」
「最後のちゃらら~って音はなんですか?」
「そりゃあアレだよ……ボス戦突入の合図?」
「人間界の魔王は変な習慣を持っているんですねぇ」
「魔王は魔王でもゲームの中の話だけどな」
「それで、実際に見た感想は?」
「なんじゃこりゃ、かな」
町を出て小一時間、いくつかの林を抜けた頃に見えた異世界の建築物。
目の前にそびえ建っていたのは確かに城だった。テーマパークにあるような見てくれだけの城を丸ごといくつも収納できそうな、とんでもなく大きな城。
だが、驚いたのはそこだけではない。俺は大き過ぎる城の全貌を捉えようと深く深く、見下ろした。
地獄の底まで繋がっているんじゃないかと思うぐらいの深い穴。直径は測りようもないが、一周歩いて回るのに数日は下らないだろう。そんな底の見えない穴の真っ暗な奥底から、その城は沸き出すように建っていたのだ。
地上に飛び出している部分だけでも相当だが、地下へと続く分を含めれば山のような大きさだろう。横に見える範囲でも端の方は霞んで見える。もはや山を削って城の形にしたようなものだ。
「なんというか……魔界ってすげーな」
「さすがにこのサイズの建築物は魔界でも数えるほどしかないですけどね。ここはみんなが使う場所ですから」
「みんな? 魔王がいるんじゃないのか」
「実を言いますと、魔王城に魔王はほとんど居ないんですよ」
「は? だって魔王城なんだろ?」
「『魔王がいる城』で魔王城なんじゃなくて、『魔王になる人が集まる城』で魔王城なんですよ」
「………? なんだ『なる人』って」
「とりあえず城に向かいましょうよ」
「うん、まぁ、そうはしたいんだけどさ……」
穴の中心に位置する城を見やる。巨大な穴から飛び出している以上、穴の縁から城までは距離がある。
「あそこに行くのってやっぱり……」
「もちろん! この橋を渡りましょう!」
城外周部からは蜘蛛の巣のように四方八方に穴の淵へ橋が架けられていた。これが頑丈な鉄橋なら良かったのだが、あいにくなんとも嬉しい事に縄で作られた橋だった。トレジャーハンターが乗ると、縄が千切れるお約束がセットで付いてくるアレだ。どうやら魔界の人はよっぽどスリルがお好きらしい。
「おいつくも。これ縄……だよな」
「でも頑丈ですよ」
「耐久テストとかしてある……?」
「はい! 今年の耐久テストでは五人中四人が無事帰って来ました!」
「20%死んでるじゃねーか!!」
縄橋越しに城を見る。その長さは軽く五十メートルはありそうだ。こんな橋はイン○ィージョーンズにでも任せておきたい。
「でもこの橋渡らないと魔王城には行けませんよ」
「そうかしかたない別の方法を探そう」
「別の方法でもいいですけど……たぶん王石の解放には何年もかかりますよ? 魔界の人ならまだしも央真さん人間ですし……」
くそう、前門の縄後門の魔界暮らしだ。このままUターンして町まで戻りたいのが心情だが、方法がこれしかないならば行くしかない。世界中のトレジャーハンターよ、俺に勇気を分けてくれ。
「よーし私一番乗りー!」
つくもが先に橋へと飛び込んだ。橋全体がたわんで揺れが伝わっていく。どうやらこいつの頭に恐怖は搭載されていないみたいだ。この状況では羨ましくはあるけど。
震える足を橋の板に乗せる。幸いにも底板は頑丈にできていた。少しずつ、少しずつ足を進めていく。ほんの少し風が吹いただけでも橋は横に大きく揺れた。底板の隙間からは夜空を見上げてるような暗闇が広がっている。
ようやく半分ほど進んだ時には、つくもはすでに四分の三は渡り終えていた。はるか遠くにいるように感じるつくもは不満げに振り返った。
「央真さーん、早くしないと夜になっちゃいますよー」
「わ、わかったから揺らすな!」
「揺らしてませんよー」
「揺れてる! 揺れてるから!」
必死に縄を握りしめる。なんで魔界に来てからこうも落ちたり落ちかけたりばかりなんだ。
俺の悲痛の叫びを聞いたつくもが、ふいにニヤリと笑った。間違いなく慈愛ではなく悪意から生まれた笑顔だ。俺の直感が告げる、いや直感がありがたいお告げをくれなくても明らかにわかる。マズい。
「おい、つくも? 絶対にやめろよ?」
「んー? 何がですか?」
「飛び跳ねたりは絶対にするなってことだ。いいな」
「ん、ん、んー。人間って恐いときどんな反応するんでしょうか?」
「おい落ち着け、絶対に飛び跳ねるな。飛び跳ねるんじゃないぞ」
「『絶対に飛び跳ねるな』? ……ふふ、魔界っておもしろい決まりがあるの知ってますか? お約束とも言うんですけど」
知ってる。めっちゃ知ってる。それ日本にもあるもん。バラエティー番組で見たもん。央真知ってる。
「やめろ……飛ぶな……絶対に飛び跳ねるな……」
「ふっふっふ。やめろって言われるとやりたくなっちゃう複雑なオトシゴロなんですよぉ……」
それは年頃の問題じゃない、単に性格が捻くれてるだけだ!
つくもはゆっくりと膝を曲げる。こんな邪悪な屈伸は見た事がない。そして俺の必死の制止は無情にも無視された。
「マジで……やめ……ッ」
「あはははは! そぉれピョーンピョーン!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
高らかな絶叫が上下に波をうった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます