第2話
まだお父さんが生きてた頃、よく外へ遊びに連れて行ってくれた。
車の免許を持たない父は、自転車だったけど、父と一緒なら知ってる場所でも楽しかった。
私がサドルに座って、父は立ちこぎ、兄が荷台。これが楽しいんだ。
ただの雑草が船になったり、楽器になったり。中にはおやつになるものもあったな。
雑草を抜いて幼虫を捕まえて帰ったり、ふ化する前のセミを連れて帰ったり。
テントウムシの幼虫もよく捕まえた。何テントウになるのかなって。楽しかった。
夏休みには広島の祖父の家に毎年行った。
お父さんはおじいちゃんとお酒ばっかり飲んで、でも楽しそうだった。
祖父の家は山の上だけど、近くに海があって、毎日のように海に行ってたな。
私が大人になってから、あるCDジャケットを見て、「あ、この人、見たことあるのかな。」って思ったやつの記憶。
おじいちゃんと従妹たちと海へ行ったとき、私はまだ25m泳ぐことができなくて、おじいちゃんが練習だ!と言って船を出してくれた。
船と言っても、小さい船で、一人ずつ乗せて、沖へ出て、岸に向かって泳ぐというもの。
25mすら泳げない私には結構なスパルタだ。
しかしおじいちゃんに突き落とされ、泳ぐしかない状況だ。
岸を見てクロール!必死で腕を動かす。「花ちゃんバタ足!!」とだれかの声が聞こえる。
疲れた、もう休憩したい・・・少し足を沈めてみる。ぜんぜん届いてない。
だめだ、泳がなきゃ。
波のせいで進みぐあいが全く分からない。砂場はまだ遠い。
だめ。本当に疲れちゃった。休憩しよう。
息をいっぱい吸って水中に沈む。
どんどん沈んでいく。
結構深い・・・魚になったみたい。ずっと息をとめていられたらな・・・。
上を見て水面を確認する。網目状の光がゆらゆらゆれて奇麗。
そろそろ息が苦しくなる頃、水面に上がろうと地面を蹴った時、何かに引っかかった。
足元を見ると、初めはくらげかな?と思ったんだけど、くらげじゃない。
くらげは細い脚みたいなものが生えてるけど、これは、くらげのゼリーみたいな部分の大きな人型の塊。例えるなら、海の底から熱湯が上がってきてるような、もやもやとした塊、
息が苦しい。
とにかく一回上に上がろう。でも。なんだか気になる、おいていけない。
その塊に近づこうとしたところで、水面に引っ張りだされた。
「大丈夫か!!?」
おじいちゃんがものすごい形相でこっちを見ている。
「溺れたんか?どうしたんな?」
おかしい、おかしいぞ。私が水面を見たとき、手を突っ込んだくらいじゃ届かない深さだったのに、なんでいま私は浅瀬で座った状態なんだ・・・。
呆然としていると、「今日は帰ろうか、もうすぐフカがでるけ。」
そういって嫌がる従妹たちを呼び寄せる。
家に戻り、お風呂に入って、疲れて昼寝をしていたのに、おじいちゃんに起こされた。
「こっちおいで、スイカいらんか?」
「うん。食べる。」
おじいちゃんの部屋に入る。普段はあまり入れてくれないけど、窓から見える木にオレンジが刺してあって、そこに集まる小鳥を見るのが好きだった。
たまにくる野良猫におじいちゃんがこっそり餌をあげてたのも知ってる。
「ここすわり」
「うん。」
スイカをかじろうとしたところで「何か見たか?」とおじいちゃんが遮った。
「うん。くらげみたいなもやもやした、なんか、寂しそうで、連れて行ってあげようかなって思ってたの。」
おじいちゃんはいつも私の話をちゃんと目を見て聞いてくれる。
「そうか。あの時、花が見えんようになったと思ったらすぐに岸のところで浮いてるのが見つかったんよ。」
「え?ちがうよ、だって花休憩しようと思って沈んだの。そしたらもやもやがいたの。」
「そうか。もし次に同じもん見ても、気づかないふりしなさい。」
「なんで?」
「あいつはな、海そのものなんよ。ばけもんでもなんでもない。海そのもの。」
「?花は海好きだよ!大好き!」
「ああ、そうじゃろう。だからきっと見えたんよ。でもそっとしといてやりなさい。あれは、人を連れて行ってしまうけ。」
「連れてく?」
「そう。二度と会えないところへな。」
「おじいちゃんも会ったことあるの?」
「ある。海にはよくいくけ。おじいちゃんも知らんふりしとる。」
「約束な。知らんふり。」
「うん。怖いね。海」
「怖いけど、何にだってそういう面があるもんよ。わかるか?」
おじいちゃんは少し怖い顔で私を真っすぐ見つめていた。
「・・・うん。約束する。」
おじいちゃんは私の頭に優しく手を乗せて、スイカ、食べなさい。と言った。
「あ、おじいちゃん、猫きた!ごはんあげよ?」
「しっとったんか。花に隠し事はできんのぉ。」照れくさそうにおじいちゃんは引き出しから猫缶を出した。
おじいちゃん、大好き。
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