覚醒

「森羅万象の息吹よ、集いて万能なる盾となれ!」

 手のひらに集めた全属性のエーテルを展開する。俺はもともとすべての属性を扱えていた。ただ、接触した状態で使うには土属性が最も使い勝手が良かったのだ。

 東から飛来した不可視の魔弾を弾く。

 角度をつけて下からすくい上げるように当てて空中に逸らした。


 ローリアが俺に徹底的に魔力操作を叩き込んでくれた理由がよく分かった。

 今まで扱ったことがない量の、それこそ奔流のような魔力ですら扱うことができている。

 ない胸をふんぞり返らせてドヤ顔を決める彼女の姿を思い浮かべようとして、いやな予感がしたので意識を戦場に戻す。


「ギルバートさん!」

 同じく魔力を感知して動こうとしていたローレットが俺に向かって叫ぶ。

 顔色がよくない。それはそうだ。とんでもない魔力を持つ個体が近づいている。先ほど放たれた魔弾はこちらの城壁を吹き飛ばしうる威力だった。

 真正面から防いだり相殺していたらこちらが負けそうなくらいの威力で。


 そして、ローレットはこの力にまだ覚醒していない。というか、覚醒しているのは陛下だけだ。

 そもそも生涯覚醒しない皇族も珍しくないのだ。


「砦を頼む。俺はどうやらあいつの相手だけで手いっぱいだ」

「無茶よ! 王級を超えて魔王クラスよ!」

「ああ、そうだな」

「対抗できるのはお父様くらい……え?」

 ローレットも気づいたようだ。俺の内包されているエーテルが皇帝たるリチャードに匹敵することを。

「すまんな、思い出してしまったよ。全部な」

 ローレットの表情は複雑だった。一言で言うなら泣き笑いと言う感じか。

「……お兄ちゃん」

 懐かしい呼び名だ。子供のころ、帝都の離宮で出会ったその日にそう呼ばれた。


「ってか従兄弟だけどな。あれだ、兄とか姉は妹を守るためにいるんだったよな」


 ぷんすかしながらふんぞり返ってローレットが言い放ったセリフ。彼女の実の兄は二人いて、すでにこのころには皇族としての教育が始まっており、さらに腹違いの妹にかまう余裕がなかった。

 そのさみしさから出た言葉だろうと今ではわかる。


「……死なないで」

 必死に微笑むローレット。正直ぐっと来た。うん、こいつを泣かすやつは誰であろうと排除する。

 だから宣言した。


「グラスター公子、アルバート・ギルス・グラスター。参る!」

 脳裏によぎった顔、姉さんもどこかで生きている。笑みを浮かべる姉を思い浮かべ、背中を押された気がした。

 10年前の襲撃の数日前に俺はグラスター領に呼び戻された。その時、父が微妙な笑顔で俺に告げた言葉がある。

「ローレット殿下の婚約者の内示があった」

 俺はそれを素直にうれしいと思い、あの小さな少女を守るだけの力をつけるのだ、と決意したものである。


「うおああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 手にはスコップ、腰にはハンマーとタガネ。土木課職員の正式装備だ。

 スコップを手に突進する。俺が一人で突撃しても倒せる魔物の数はわずかだ。だから頭をつぶす。

 

「大地よ、牙を向け! わが敵は汝が敵なり」

 がつっとスコップを突き立てる。

 その一点を中心に地割れが起き、戦場を縦横に走った。

 西側から迫るゴブリンの群れが分断され、足が止まる。


 地面からスコップを引き抜くと、そのまま空中へと砂を投げる。

 魔力を通しておいた砂はエーテルを吸収し、風で広がったころ合いで巨岩となる。

 ある程度固まって落とし、障害物とする。あまり砦の近くに落とすと遮蔽物になってしまうので、調整がやや難しいが、何とかうまく行ったと思う。


「グルアアアアアアアアアアアアアア!」

 咆哮がとどろく。ゴブリンから進化した……いや、無理やり大量の魔力を送り込まれて進化させられた個体が迫る。

 もはや熊みたいな体躯になりはて、エーテル酔いで理性を失った姿は、並みの兵から見れば絶望を具現化したような強さだろう。


「ふん」

 ズダンと一歩、力を込めて大地を踏みしめる。足の裏から発動した魔法は相手の足元を崩し、すっぽりとはまり込ませた。

「はあっ!」

 裂帛の気合と共に跳躍し、スコップを振りぬくと……真っ二つになった巨体が左右に分かれ、地響きと共に倒れた。


 背後の砦からは歓声が上がる。巨大な変異種を一撃で倒してのけたのだ。


「ひるむな! 諸君らの背後には無辜の民がある! 帝国兵の誇りにかけて弱き民を守り抜くのだ!」

 スコップを掲げて兵たちを鼓舞する。

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」」

 背後から雄たけびが聞こえてきた。

 俺は戦場を疾駆し、ゴブリンの進化した個体を屠っていく。

 ただ、最初の魔弾を放ったあとは魔力を完全に隠しているのか魔王らしき個体は姿を現さなかった。

 あれほどの魔力を持つ存在ならさすがに近寄れば探知はできる。

 奇襲を受ける可能性は低いと判断し、魔物の群れを蹴散らす方に重点を置いた。


 そして日が傾くと同時に攻勢が収まる。それはどこか人間の軍に近い挙動で、魔王となった存在はもともと人間ではないのかと思った。


「ご苦労様です、ギルさん」

 砦に戻った瞬間ざばっと水をぶっかけられた。

「ぶわっ!?」

「うふふ、すごい状態ですよ」

 その一言で理解した。全身が血みどろで凄まじいありさまだ。鼻は戦い始めてすぐにマヒしていた。そりゃ俺を出迎えようとした兵たちも遠巻きにするわな。


「お兄ちゃん!」

 ローレットがすっ飛んできて真正面から抱き着いてくる。

 ローリアが俺の手を引いて体勢を崩したことにより、ローレットを避ける形となって……俺の後ろからどんがらがっしゃーんと破壊音が聞こえてきた。

 加速の魔法使ってたな……。


「うふふふ、そう簡単には渡しませんよ」

「あー、ローリア?」

「はい。なんですか? 新居は帝都の郊外がいいですかね? あと子供は何人がいいですか?」

「な・ん・で・そうなる!」

「えー、違うんですか?」

「違う!」

「じゃあ、なんですか?」

「あー、今までありがとう、だ」

「今まで……? ひどい、わたしを捨てるんですか?」

「そんなこと言ってねえ!」

「じゃあどういう意味ですか!」

「命を救われたこと、魔法の扱いを教えてくれたこと、もろもろ世話になってきたこと、だ」

「ふふん、いまさらですね。なんなら恩返しに一生を捧げてくれてもいいんですよ?」

「ああ…‥うーむ。そんな借金のかたみたいな扱いでいいのかよ?」

「結果がわたしの望む形であればなんでもいいです」


 にっこりと微笑むローリアがスッと自分の顔の前に手をかざした。人差し指と中指の間に剣先が挟まれている。


「危ないですね。もうちょっとで刺さるところでしたよ?」

「うふふー、刺すつもりだから当たり前よね?」

 あ、これあかん。そう判断した俺はとりあえず二人の間から抜け出して距離をとる。


「「だらっしゃああああああああああああああああああ!!」」

 若い女性が出すにはいささかふさわしくない怒声が上がり、俺は頭痛を感じてこめかみを揉み解した。

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