記憶の扉

「来るぞ!」

 ゴンザレスのオッサンが防衛の総指揮を執る。

 非戦闘員の中にも、元冒険者とかがいたので支援を依頼した。

 けが人の後送とか矢の補充とかをしてもらうだけでもかなり楽になる。

 俺はオッサンの隣で戦況を見守っていた。


 冒険者たちが矢を放ち、石を投げる。

 矢に貫かれ、石に頭を割られたゴブリンが断末魔を上げて倒れる。

 あとから来たゴブリンに踏みつぶされその姿すら見えなくなる。


 凄惨な光景を息を呑んで見守っている。

「いいぞ! 撃て撃て!」

 壁の後ろに指揮用の矢倉が建っていて、指揮官役の騎士が声を張り上げる。


 叫びながら血走った目で群れを成して襲ってくる魔物たち。

 こんな大規模な戦いは初めてのはずなのになぜか見覚えがあるような気がした。

 

 ズキっと頭に強烈な痛みが走る。

「ぐうっ!?」

 あまりの痛みにうずくまる、俺の姿を見てローリアが走ってきた。


「ギルさん!」

 頭を抱える俺を抱き寄せ、ごつっ骨に当たる感触に思わず言葉を漏らした。

「イテッ」

 すかさず俺の脳天に肘が叩きこまれ、俺は意識を手放した。



 俺の記憶は孤児院の狭い部屋から始まる。グラスターが生まれ故郷らしいが、大災害の後焼け出されて家族を失った哀れな子供ということで、孤児院に放り込まれた。

 たまにやってくる、俺を拾ってくれたエルフのお姉さんとの面会だけが楽しみだった……はずだ。


 そこはどこかの城の広間だった。

 精悍な顔つきの騎士と少女が言い争っている。

 外から響いてくる戦いの音。そして大型魔獣の咆哮に、少年が震えあがっていた。

 俺はなぜかこの光景を覚えていた。そしてここは大災害の時のグラスター城だと理解できた。


「ディアナ。アルバートを頼む」

「いやです! あたしもここでお父様と戦います!」

「ならん! お前は死ぬにはまだ早い。アルバートを守れるのはお前だけだ」

「わかりました。アルバートを安全圏に送ったら援軍を連れて戻ります」

「ははっ、そうだな。よろしく頼む」

 

 少女は何かを決意した顔で少年の手を引く。

 少年を馬に乗せ、その後ろから包み込むように抱きしめる。

「アルバート、あんただけは守るからね」

 少女は弟を抱きしめると剣を抜き放った。

「開門!」

 少女が告げると徐々に門が開いていく。その先には目を血走らせた魔物たちの群れ。

「突撃!」

 短く、鋭い一言に従って50騎の騎兵が駆けだす。

 グラスター領の最精鋭は魔物の群れを斬り裂いて突き進む。それでも目の前にいるだけでも1000を超える数だ。

 一人、また一人と魔物の群れに飲み込まれていく。

 彼らの断末魔が残響を残し、弟を抱きしめる少女も涙を流しつつ駆けて行った。


 魔物の群れを突き抜ける直前、最後の護衛騎士が斃れた。

 戦場の叫喚を背に、泡を吹きながら馬が恐怖に駆られて疾走する。


 そして街道を走りながらついに馬が倒れた。泡を吹きながら荒い息をつく。よく見ると前足があり得ない角度に曲がっていた。

「ごめんね」

 少女が悲痛な顔をしながら立ち上がる。そして二人で歩きはじめる。

 顔をゆがめつつも無言で足を進める姉弟。鍛錬を始めたばかりくらいの年齢に見える子供に長距離を歩くのは負担が大きすぎた。

 それでも危機感と恐怖に背を押されるように足を進める。


「はっ!?」

 周囲の気配に気づいた少女が声を漏らした。周囲に魔物がいて取り囲まれている。


「……アルバート、いい子ね。まっすぐ街道を駆け抜けなさい。もう少し行ったら小さな町があるわ。そこで助けを求めるの。いいわね?」

 弟に語り掛ける少女は何かを決意したのか透明な表情で、ぎゅっと剣を握り締める。

「やだ、やだよ。僕を一人にしないでよ!」

「大丈夫、ちゃんとあとから追いかけるわ。だから言うことを聞きなさい」

「いやだ、やだやだやだやだ、いやだああああああああああああああああああ!」

 駄々をこねるただの子供、とは言い切れなかった。グラスター公爵の妻は皇帝リチャードの妹に当たる。

 帝室の血を引いた少年にはなにがしかの素質が受け継がれていて……感情の爆発とともに目覚めた。


「う、わ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫と共に放たれた魔力は初級魔法エナジーボルトとなって周囲の魔物を貫いていく。

 半数以上の魔物はそれによって倒されたが、それでも生き残りの魔物がじりじりと距離を詰めてくる。

 少女は年相応以上の剣技を見せ、3体の魔物をたちまち斬り伏せた。それでもここまでの強行軍の疲労からついにへたり込む。

 膝をついた状態でも目は爛々と光を放ち、魔物をにらむ。

 そして、新たに表れた人物によって状況は一変した。

 

 一人の少女が手を振ると魔物が倒れていく。きらりと光る何かが魔物を貫き、ついに最後の一体が倒れ伏した。


「大丈夫?」

「あ、ありがとう……この子をお願い」

「あなたはどうするの?」

「お父様とお母さまを、グラスターを助けないと……」

「あなた一人で何ができるの?」

「わかんない。けど戻らなきゃ。約束したから……」

 助けに現れた少女は、俺にとって一番なじみのある顔だった。

 ローリアは、少女に当身をかますと、そのまま二人の兄弟を抱えて元来た道を戻って行った。

 そうして夢の中で俺の意識が遠ざかり……意識が浮上していく。


「目が覚めましたか?」

 ローリアが俺を膝枕していた。彼女の顔がよく見える。障害物がないからだな。というあたりで俺の目をめがけて突き込まれた貫手を受け止める。


「そうか。俺って魔力を放つことができたんだな」

「いいえ、できませんよ」

「え?」

「魔力を暴走させた結果です。魔力回路が一度焼き切れているんですよ。それでも……今なら戦い方がわかるのでは?」

「ああ、そうだな」

 戦闘系スキルを習得した時の話を思い出す。なぜかわかってしまうそうだ。


「失敗しました。ギルさんの封印を解いてしまうのは、いろいろと厄介なことも引き寄せそうなので」

「……一応聞くけども、その方法って?」

「わたしがギルさんの頭部に意識を刈り取るレベルで打撃を加えることです」

「うおぃ!」

「きゃー、こわいですぅー」

「うっさいわ! 棒読みで怖いとか言ってるんじゃねえよ!」

「えー、けど今のギルさん、陛下とも渡り合えますよ?」

「へ?」

「先祖返りってやつです。血脈の中に封じられた力が目覚めたってことですねー」

「お、おう」

 ひとまず立ち上がることにした。

 体が熱い、今なら何でもできそうな気がする。吹き出した魔力をまとうと、俺は城壁を飛び越えた。

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