十重二十重

「こっちだ!」

 ジェイスンが率先して住民を率いて砦に入る。

 ギィギィと背後から迫る声に急き立てられるかのように人々は砦に駆け込んだ。


 矢倉の上から下を見下ろす。砦周辺は無数の赤い目に囲まれていた。

 空堀の上に土壁を盛り上げてあるのでそうそう登っては来れない。

 砦は四方を囲まれた。西側はまだ包囲が緩く、突破は可能と思われたが非戦闘員を引き連れての突破は足が遅い分厳しいだろう。

 援軍が来るのを待つしかない。もう一つ頭が痛い理由もあった……。


「皆さん! よくたどり着きました!」

 ローレットがなぜか砦にいて住民を鼓舞している。

 ローリアと目線があったが、やれやれと肩をすくめられた。

 同じく唖然とするゴンザレスのオッサン。


「あれ、どういうことだ?」

「あれって言うな。ローリア殿に連れ出すよう頼んだのだが……梃子でも動かんと言われたらしい」

「それこそぶん殴って気絶させて簀巻きにして運べば……」

「物理的には可能だがな。不敬罪に問われても吾輩は知らんぞ」

「ぐぬぬ」

 もはや脱出は難しい。ローレットの存在は今の状況ではプラスに働く。

 籠城戦では士気の維持が最も重要になる。食料はある。ゴンザレス隊の面々は砦守備の主力となり、後続の部隊は山道を降りたところで防御施設を建設している。

 その距離は3日の行程だ。


 ローレットがここにとどまる最大のメリットは、援軍が必ず来ることだ。

 皇族が先頭に立って力なき民を守る。これは支配者としての名分を分かりやすくアピールできる。

 遠巻きにして包囲する魔物の姿はいっそ不気味だが、今は態勢を整える時間がありがたい。


「水を汲んで土壁にかけてくれ」

 俺の指示に疑問符を浮かべるゴンザレス隊の面々。

「壁の上から外に向けてざばっとやってくれ」

「はっ!」

 幸い川に向かって壁を突き出してあり、水の確保には苦労はしない。

 ある程度壁面が水を含んだところで、ローレットに策を話した。

「うふふふふー、わたしの力が必要なのね? うふ、うふふふふふふふー」

 ふんぞり返るとプルンと胸部装甲が跳ねる。目を奪われたところ、ローリアに目つぶしを喰らう。

「ぬわあああああああああああああああああ!!」

「目に毒です。見ちゃいけません!」

「物理的に目がつぶれたらどうするんですかねえ!」

「その時はわたしがずーっとお世話してあげますよ。にゅふふふふふう」

 光が消えた目で俺に笑顔を向けるローリア。その背後で同じく光の消えた瞳でぼーっとこちらを見ているクリフ。

 

 あまりにカオスな状況に、ゴンザレスのオッサンが話題を変える。

「それでだ。吾輩にも聞かせてくれぬか? あの水をぶちまけたのはどんな意味があるのだ?」

 突き固めた土壁に水をかければもろくなる。無論そのあとで乾燥すれば元には戻るし、表面が固まるという効果もあるのだが、場合によっては真夜中に襲撃をかけられても不思議じゃない。

 ようするにかけた水分を乾燥させる暇がないということだ。


「先日の土砂崩れの時な、ローレットが崩れてる崖を凍らせて固めたんだよ」

「……そうか!」

「今の城壁はただの土壁だからな。その気になれば爪を突き立ててでも登れる。だがそこが凍っていたら?」

「登攀は難しくなるな」

「そういうことだ。前は崖を上から下まで凍らせたんで範囲が広すぎてすぐに崩れたが……」

「この砦の壁面ならば!」

「さらに表面に水をかけてあるからな。温度を下げるだけなら術の難易度も下がる」

「……帰還できたらお前を陛下に改めて推薦したいな」

「やめてくれ。俺は土木課が気に入ってる。出世なんて柄じゃないね」

「というかそもそも出世したくて仕方ないって奴ほど口ほどにもなくてな、さらに抜け駆けして状況を悪化させるもんだ」

「んー、まあそういうのもいるけどな。俺はギルド職員である方が性に合ってるってことだ」

「そうか、だがお前の心がけはとても尊い。吾輩の婿になる道もある故な」

「まだその話生きてたんかい!」

「陛下がお前の武勇伝を帝都で喧伝した故な。そうすれば英雄を取り込むためにどこかの貴族家と縁談がまとまる。そうすればお前とローレット殿下の縁談がぽしゃる。そういう考えであろうよ」

「まて、仮にだ。俺がこの戦いで功績をあげたら……?」

「民衆はこぞってお前と殿下が結ばれることを応援するであろうよ。わかりやすい出世物語だな」

 ゾクリと背中を冷たいものが走った。特大の悪い予感がしやがる。


「……なんかもうそういう方向に事態が転がってる気がするんだが」

「はっはっは、吾輩もそう思うぞ。ま、あれだ。殿下の配偶者となれば無位無官ともいくまい。側室でもよいぞ」

「俺にそんな甲斐性はねえよ!」

「そうか? まあそこは良い。……おお殿下はまた腕をあげられたな」

 エーテルと概念のイメージがより明確になっている。あらかじめ土壁に埋め込んだ魔石の効果もあって、すぐには溶けないだろう。


 その夜、攻撃はなかった。いつ来るかと神経をとがらせて、眠れないままに余は明け、そして周囲の状況が明らかになった。

 東側にはゴブリンの大群が、北側は川が流れているのでさすがに展開できていない。南はコボルトの群れ、西は退路に当たるが、オークが多数みられる。

 そして東側、ゴブリンの後方に100人ほどの冒険者のなれの果てがいた。魔王と思われる存在はまだ戦場に姿を現してはいない。

 姿を隠しているにしても、周囲を包囲する万を超える魔物の群れにゴクリと固唾を呑む。


「厄介だな。オークはタフだ」

「一撃で倒すのは難しいな」

 俺たちが迎撃の段取りを相談している向こうでは、ローレットが壇上で兵や冒険者を鼓舞していた。

 ジェイスンは東側の壁に張り付き、魔物の動向を探っている。


 そして、波が打ち寄せるかのように魔物の群れが動いた。

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