光明

「後ろからきてるのはコボルトとかオークだな」


「っち、なんだってんだ!? 普通はゴブリンが群れなしてたらあいつら襲うだろ?」 


 魔物同士に仲間意識があるかというとそうでもない。ときには群れ同士がぶつかる時もあれば、ワイバーンなどがゴブリンをエサにすることも多い。


 帝都付近でもオークに追い立てられたコボルトの群れが村に殺到し、帝国軍が出撃したとかが普通にあった。




「ジェイスン、あんたもわかってるだろ?」


「やっぱそういうことかよ」


「場合によっては魔王だな」


 ある種の魔物が力を増して上位種に至ることがある。


 俺たちが先日倒したのもゴブリンキングというやつだ。


 キングになると、同種族に対して絶対的な支配力を持つとされる。




 そして、そのキングがさらに力を増すと……稀に他種族への影響力を持つ者が現れる。それを魔物の王、すなわち魔王と呼んでいた。




「魔王なら万の魔物を従えてもおかしくないだろうよ」


 ジェイスンが吐き捨てるように言った言葉は周囲を凍り付かせた。


「ああ、そうだな。だがまだ決まったわけじゃない。今はうかつなことは言わんようにしようか」


 俺たちは口をつぐんでひたすら足を前に進めることに終始した。


 東から吹く風に乗って、魔物たちの獣臭が漂ってくる。それは俺たちと奴らの距離が徐々に迫っていることも意味する。


 時折騎兵が数名ならんで走り、背後から迫るゴブリンどもの先頭に魔法攻撃を仕掛ける。


 普通の群れならこれで多少はひるんでくれたりするんだが、それもない。なんかうつろな目をして、何かに操られたかのように足を前に進めている。




「……なんかの支配を受けてますね」


 騎兵に同行したクリフが疲れ切った表情で報告してきた。


 魔法兵の切り札である爆裂魔法を叩き込み、100以上のゴブリンを吹き飛ばしたそうだ。


 普通の群れならキングが率いていたとしても少しは動揺する。だが、足並みが乱れているわけではないし、焼けた地面にも関わらず足を踏み入れる個体もいる。


「魔王の話が冗談にならなくなってきてるな」


「いや、いると思って動くべきでしょう」


「だよな。帝都への救援要請は行っているか?」


「ゴンザレス卿が後送と同時に伝えています」


「その使者は魔王の情報を持っているか?」


「……いないかと」


「改めて使者を出す時間的余裕は……ないな」


「ないですね……逃げていいですか?」


「いいぞ」


「でもギルバートさんは残るんですよね?」


「ま、仕方ないよな。特権っていうのはいざって時に真っ先に死ぬからもらえるんだぜ?」


「特権!? それって都市伝説じゃないんですか?」


「さあな。俺もそう聞いていたがね」


「仕方ないですよね。ローリアさんに嫌われたくないし」


「お、おま、ローリアの正体知ってるんだろ?」


「僕の愛の前には些細なことです」


「そうか……」


「何しろあの人は僕の理想なんです。いつまでたってもあれより大きくならないとか最高ですよね!」


 こいつは何を言っているんだろう。さっきまで真っ当に交わしていたはずの会話が急に異質なものになった気がした。


「そうなんです。あのほほえみとあの小っちゃくてかわいい姿! それに大平原のような胸、ぺたん子は至高なのです!」


「うん、いいからお前黙れ」


 スパーンと後頭部をスコップで張り倒す。なんか今なら怒りでスコップの先端からビームでも出そうだ。




 とりあえずクリフを正気に戻した後は、住民の隊列の少し後方で待機する。


 両脇は騎兵が警戒しているので当面奇襲の心配はいらない。


 問題は夜だ。そろそろ日が傾きつつある。魔物は一般的に夜目が効く。少なくとも野営のできる体制を整えないと、一方的に攻撃される。


 そして、悪夢のような情報が入ってきている。坑道の中でアンデッドに喰われた冒険者がそのままアンデッドになった。


 であれば、あの魔物の群れに殺された人間はそのままアンデッドか何かになって奴らの群れに加わる可能性が高い。


 というか、あのゴブリンの群れも実際アンデッド化しているというのであればこの異様な状況の説明もつく。




 日が傾くにつれ、疲労から住民の足が鈍り始めた。それも仕方ない。この異様な緊張感に修羅離れしているはずの冒険者も疲労感を隠せていないくらいだ。


 騎兵の遅延攻撃はまだ仕掛けられている。ただ、攻撃に対して棒立ちで攻撃を食らい、ほかの魔物が全く足を止めない。迎撃のために足を止めてもらわないとそもそも遅滞戦闘にならない。




 そんな中、一騎の騎兵がこちらに近づいてくる。


「インペリアルナイツ所属、近衛騎士団のゴンザレスだ。あなた方を救援にやってきた!」


 ゴンザレスのオッサンの宣言に住民たちは沸き立ち、冒険者たちもほっとした雰囲気を隠さない。




「ゴンザレス卿!」


 余所行きの言葉遣いでオッサンに声をかける。


「おう、ギルバート卿。お主も無事で何よりだ」


 俺たちのやり取りをみたジェイスンが驚きの表情を浮かべる。


「近衛騎士のそれも大物とパイプがあるとか、あんた何もんだ?」


「ギルド所属の魔導士だぞ。ただし第三部」


「左遷部署じゃねえか?」


「そうだが、今はそうじゃない」


「何があったんだ……」


 イイ笑顔を浮かべてオッサンがやってきた。




「おう、ジェイスン。久しいな」


「ゴンザレス卿に置かれましてはご機嫌麗しく……」


「非常時だ。礼は良い。それでだ。ギルバートのことについて知りたいようだがな」


「はっ、辺境任務が続いておりまして」


「がけ崩れに巻き込まれたローレット殿下を単身で救った英雄だ」


「「はい!?」」


 同時に叫んでしまった。


 ゴンザレスのオッサンはすごくいい笑顔で語りだした。


 巡察の任の途中、がけ崩れ現場に出くわした皇女ローレットが二次災害に遭って生き埋めになったところを巧みかつ冷静に魔法で助け出した腕利きの魔導士でギルドのホープが俺らしい。




「帝都で最新の英雄はギルバート卿だぞ。陛下直々に騎士に任じられたゆえな」


 え? あれって公式の叙任だったの? 箔付けじゃなくて?


 ぐぬぬとジェイスンが睨んでくる。冒険者上がりのわかりやすい出世と言えば帝国軍に入り騎士になって出世していくコースだ。




「見ろ! かがり火だ!」


 オッサンがわかりやすく示した先には建物が見える。


 傾いた陽はわずかな残光を投げかけ、緑なす草原は夕暮れのオレンジに染まる。


 背後からは魔物の大軍がひたひたと迫る。




 小高い丘の上でかがり火に浮かび上がる砦は、すべての者にわかりやすい光明となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る