撤退開始
「荷物は最低限にしてください!」
ギルド職員が交通整理に奔走する。規模は小さいとはいえタウンを賞する街であり、相応の人口がいる。
それこそ人生をかけて家族を引き連れて移住した者もいる。これが冒険者だけであればまだ話が速い。戦闘員に組み込めるからだ。
非戦闘員を見捨てることは帝国の国是に関わる問題になるのであり得ない。
「ギルバートさん!」
クリフたちがギルドに駆け込んできた。
「速かったな」
「街の様子が明らかにおかしかったので移動してきてたんですよ」
「動かないって言ってたよな?」
「時と場合によります」
「違いない」
ニヤッと笑みをかわす。
「撃て!」
矢玉と魔法が放たれる。
ダンジョンの入り口は一か所で、そこに向けて攻撃を集中している。もともと人の管理をするために簡易の関所になっている。
扉を閉ざすとこちらからも攻撃ができないので開いたままだが、皇后の入り口を半円状に囲んだ形になっているのだ。
「ここで少しでも時間を稼ぐぞ!」
ジェイスンが剣を片手に冒険者たちを鼓舞している。
そして俺の顔を見た瞬間ニヤリと笑みを浮かべた。
「帝都から魔法ギルドの魔導士が援軍に来てくれたぞ! 皇帝陛下ともつながってる大物だ! ここで手柄を立てたら出世も夢じゃないぞ!」
うわあ……やってくれたな。人をダシにしやがった。ただ士気が盛り上がったのは間違いない。
「魔導士ギルドのギルバートだ。今は陛下より命を受けて動いている」
うん、嘘はついてない。前半なんかは間違いなく強力な魔法の援護を期待されるんだろうなとやや暗鬱な気持ちになる。
一瞬攻撃が途切れた隙に数体の魔物が飛び出してくる。
服はボロボロで、ところどころ骨が見えているような状態のゾンビだ。
その姿を見た一部の冒険者から悲痛な声が上がる。
「うわああああああああ!」
一人の冒険者が雄たけびとも悲痛な叫びともつかない声で、大弓を構え駆けだしてきたアンデッドを射抜いた。
矢は過たず胸の中心を射抜き、ばたりと倒れ動かなくなる。
「紅蓮なる光よ!」
火球の魔法が炸裂し、その身体を灰塵に還した。
アンデッドの厄介なところは負傷で止まらないことだ。生物であれば傷を負えば怯むし、部位が欠損すれば動きが何らかの形で鈍る。
だが恐怖も痛みもない不死者という連中は、自らと違う、闇に染まっていないエーテルを汚染するために本能的に動く。それこそ首を刎ねようが動いてくるのだ。
「無辺の大地よ、その威を示せ。アース・ランス」
スコップを地面に突き立てると、岩の槍が地面から突き出す。
地面から生えるような形になっており、動きもしないので、アンデッドはそれを避けることは容易だ。
「クリフ、合わせろ!」
「はいっ!」
スコップとつるはしを合わせて共同作業をイメージする。つるはしは地面を掘り穿ち、スコップはその土を盛り上げる。
「「土の要塞よ!」」
クリフが地面につるはしを突き立てると、ガガガっと地面が掘り起こされて行く。そこに俺がスコップを差し込み土を宙に放り上げると……クリフが掘り起こした深さ1メートルほどの空堀と盛り土の城壁ができる。
「「おおおおおおおおおおおおおお!」」
弓兵とか魔導士は防御力に対しては乏しい。そこに自らの身を守る壁ができたのだから安心して攻撃ができるようになった。
俺の作った岩の槍は敵の動きを阻害する。それによってピンポイントで狙撃ができるようになった。
さすがに攻撃に対して一切構わず突っ込んでくることはない。
じりじりとにらみ合いのような状況になり、それは非戦闘員を逃がすという目的に対してはプラスに働く……はずだった。
「マスター! 大変です!」
「何があった!」
「魔物の群れが南北から迫っています!」
「数は?」
「それぞれゴブリンを中心に2000ほどです」
その報告にジェイスンは天を仰いだ。
「脱出しよう。外部の本隊と協力できる」
「う、うむ……」
「俺たちは先遣隊だが、近衛兵200が後方で待機している。山頂には坑道を掘ってあるから、山のふもとにたどり着けば勝ちだ」
それでも5日ほどの撤退戦を行う必要がある。ただ、今街にこもっていてもいずれ敗北する。
「そもそも籠城できる施設じゃないだろ? 非戦闘員を賄えるほどの物資がないはずだ」
「……その通りだ」
「坑道の入り口を崩す。そうすれば多少は時間を稼げるだろ」
「頼めるか?」
「ああ、土木課は伊達じゃない」
「なにっ!?」
あ、そういや所属を最後まで言ってなかったな。
「入口だけを狙え! ギルド魔導士を援護するんだ!」
「おう!」
「いや、近寄らんけどね。ていっ!」
俺が投げつけた黄土色に輝く小石はぽとっと入り口付近に堕ちた。エーテルを含むクリスタルにアンデッドが群がろうとする。そこにクリフがつるはしから魔法弾を放つ。
クリフのエーテルを受けた小石は局所的に振動の魔法が発動し、攻撃を受けて脆くなっていた壁面を崩す。
同時に出口付近の地面を激しくかき混ぜることで、簡易な落とし穴状態になる。
「よし、離脱!」
ジェイスンの一声に全員が一斉に走り出した。
街路を駆け抜け、城門に迫る。
もともと簡易な防御施設しかない。壁はなく柵があるだけで少数の魔物のみの想定だった。
それだけに、かき集めの冒険者が500ほどで4000ものゴブリンの群れに対抗するのは難しい。
どこか柵が破られればあと数の暴力だ。
「ゴブリンの後方にさらに群れがいます!」
「種類はわかるか?」
「なんとも……」
「わかった、お前も来い!」
見張り矢倉から冒険者がするすると降りてくる。ジェイスンのそばにすっと控えると、周囲の警戒を始める。
「おおっ!?」
ジェイスンが驚きの声を上げる。
これまで草地を踏み固めた程度でむき出しの状態だった道がある程度整備されているからだ。
行く手には非戦闘員が列をなして歩いている。そして周辺を騎兵が警戒のために走っていた。
ゴンザレスのオッサン、仕事が速いな。
そして見通しがいいからこそ、彼らがこれまで知らなかった建物が見えていた。俺たちが先日築いた砦だ。
「まずはあの砦に向かいましょうか。多少の物資はありますし、川も近いから水も補充できますよ」
ジェイスンはポカーンとして口をパクパクとさせていた。
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