地の底に眠るもの

「……グギギ」

 ゴブリンの王だったモノは坑道を下って行った。この地の坑道はもともとあった通路を整備したもので、最深部にはまだ人の手は入っていない。

 半ば崩れた壁を魔力で吹き飛ばし、最深部へと進む道をこじ開ける。


「……ギィイ」

 うなり声すら魔力を帯び、このダンジョンで息絶えた者の思念がゴーストとなって周囲を飛ぶ。

 声にならない唸り声をあげ、彼に付き従う生ける死体は生きている者のエーテルを見つけると、襲い掛かりエーテルを汚染することで仲間に加える。

 そうして彼に付き従う死者の群れはすでに100を超えていた。生まれはゴブリンであっても、すでに彼は死者の王とも呼ぶべき存在となっている。


 そうして王は最深部に踏み入る。

 そこに眠るのは巨大なクリスタル。

 ここから漏れ出た魔力が山全体を満たし、ただの石ころを魔石へと変える。これが魔石鉱山の真相だった。


「ギィイイイ」

 王は飢えていた。死の淵に踏みとどまるため、自らの家族だった者を喰らってから、満たされぬ飢えに苛まされていた。

 途中、魔力の塊のような者を喰らった。その中には王と同じか、それ以上の無念の魂が内包されていた。

 そしてその中でもひときわ強う意思を持った魂があった。それは王に取り込まれた後でも、自分の自我を保っていたほどだ。

 そして、何かわからないことがあれば、王はその魂へと問いかける。

 共和国でも最高峰の英知を持つ、魔導士ドウマンの魂へと。


 その魂に導かれてここへとたどり着いた。巨大なクリスタルは輝きを放ち、その内部を見せようとはしない。

 そして、王はクリスタルに手をかざす。暴食のスキルを発動させると膨大なエーテルが彼を満たしていく。

 

「ホウ。すさまじいですネ」

 王の脳裏に声が響く。

「ククク、おかげさまでエーテルで満たされましタ」

 死者の王の自我はすでに薄れている。飲み込んだ魂の重みに押しつぶされ、すり減っていた。

 ただ、戦いに敗れ、一族を失った無念を晴らす執念だけが膨れ上がっている。


「クク、素晴らしい執念デス。我が新たなる体にふさわしイ」

 死霊術師としての秘奥を極めた者のみが使うことができる、転生術。ドウマン自身がこの術を使うのは2度目だ。

 失敗すればその魂は霧散する。リスクは高いが、現状は身体を失い魂だけの状態なのでやるしかないといった理由もあった。

 ゴブリンとしての身体に収まりきらないほどのエーテル。エーテルの物質化は魔法の初歩ともいえるが、秘奥でもある。

 無数の死体を切り刻み、人体の構造を知り尽くした彼だからこそ行うことができる業。

 王の自我を乗っ取り、その身体を自らのものに作り替える人体錬成の術。


「さて、ワタシが勝つか、それとも飲み込まれるカ。勝負デス」

 身体が泡立つように膨れ、戻る。

「グガガガガガガガガガガガガガガ!?」

 王の断末魔のような悲鳴が広大な空間に響き渡る。

 真っ赤に染まった目はひっくり返り、がくがくと身体がけいれんする。

 存在の主導権をめぐる戦いが始まった。

 

***********************************************************************************


 冒険者ギルドの支部の扉を開いた瞬間、何やら不穏な空気が漂っていた。

「魔法ギルド所属の魔導士、ギルバートだ」

 取りあえず名乗ったが、支部長と思われる男が受付嬢と思われる女性と顔の距離がゼロになる直前で停止し、固まっている。

 というか女性の眼光がやばい。あれは俺が失言したときのローリアに匹敵する。

「失礼」

 一声かけて俺はドアを閉めた。


 改めてノックする。

「どうぞ」

 答えを待ってからドアを開く。

 先ほどまでのピンク色の空気は鳴りを潜め、ピンと張りつめた雰囲気があった。


「魔法ギルド所属の魔導士、ギルバートだ」

「俺はここの支部長、ジェイスンだ」

 名前に聞き覚えがあった。直近、と言っても10年近く前だが、ダンジョンから魔物が溢れたとき、防戦の一角を担って戦った冒険者の名前だ。

「鉄壁ジェイスン?」

「昔のことだ」


 口調はそっけないが素晴らしいドヤ顔だ。

 自己紹介が終わったので情報を交換する。西に工兵部隊がいること。さらに後続部隊が谷を渡り切ったこと。

 ジェイスンからは鉱山の異変についてとアンデッドが増殖している状況を聞いた。


「撤退を指示したばかりだ」

「英断です」

「腰抜けと言われると思ったよ」

「いざとなれば施設なんかは修復できます。今は人命を最優先すべきです」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴと地響きが鳴る。鉱山を中心に地震が起き、膨大なエーテルが感知された。


「なんだ!?」

「っておい、初代の倒した巨大魔獣に匹敵する数値だぞ!?」

 ギルドには魔物の放つエーテルを計測して危険度を計る装置が設置されている。

 そしてその計測器はマスターのデスクの上に保管されていた。


 その計測器は……針が振り切れていた。

「今感知したエーテルは膨大だが属性に染まっていない。何らかの形で封じられていたエーテルを解き放った奴がいる」

「っておい、それをわがものにしたってのか?」

「人間が浴びれば間違いなく魔人化するな」

 身体に収まりきらないほどのエーテルを浴びた動物は魔物化する。それを人間に置き換えた表現をしたわけだ。


「マスター! 鉱山から魔物が出てきます!」

 ジェイスンが瞑目し、天を仰いだ。直後、隣に控えていた受付嬢が彼の頭を抱きかかえる。

 しばらくするとジェイスンの手足がじたばたと動き出した。

 窒息してしまえ。そう思いながら俺は手近な職員を捕まえ、クリフのいる地点を伝えて伝令を依頼するのだった。

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