脱出
「支部長権限で発令する。全員ケツまくって逃げろ!」
いまさらこの程度の表現で顔をしかめるような奴はギルドにはいない。
「理由は?」
ジェイスンの前に来たのは帝都から管理のために派遣されている官僚だ。
「この街にいる人間の数は?」
「大まかに見積もって……3000ほどですかな」
「ああ、その3000がそのままアンデッドになったらどうなる?」
その一言で官僚の顔色が変わった。
「今鉱山の中にいる連中にも帰還命令を出せ! いるかどうかは知らん。この状況でまだそこにいるなら自己責任だ」
「急ぎ出立の準備を」
「明朝までだ」
「承知した」
会話を終えるとすさまじい気負いで走り出す。帝国紳士はいかなる時でも慌てて走ったりしないとか言われているが、建前すら放り投げるほどの事態だ、ということにしておこう。
「契約冒険者パーティを招集するんだ。防戦して一般人を逃がす時間を稼ぐぞ」
ジェイスンの顔には悲壮な覚悟が顕れていた。
それを見たギルド職員たちも覚悟を決めていく。
「さてと……」
受付嬢が取り出したのはレイピア。
「あー、お前は先行して住民の誘導と護衛を頼む」
「何言ってるんですか。死ぬときは一緒だってこの前言ったのは何だったんですかねえ?」
シレっと爆弾を投下する受付嬢アリシア。以前よりジェイスンとの仲を疑われていたが、ここでそれを認めた形になる。
「ちょ、おま!?」
「うふふふー、帝都に家を買って子供と孫に囲まれてくたばるのが夢なんですよね?」
「むがあ!!」
普段のこわもてからは想像もつかない有様でじたばたする様子に生暖かい目線が向けられる。
「で、私に何か言うことはないんですか? あ・な・た?」
口から蜂蜜まみれの言葉を放つアリシアの姿にジェイスンに向けて殺気を放つ者も出てくる。
「だああああああああああああああ! 俺の負けだ! アリシア! そうまで言うなら地獄の底までついてこい!」
「はい!」
唐突に繰り広げられるメロドラマに砂糖を吐きそうな表情を浮かべる本部職員の面々。
「おめえら何やってやがる! 俺たちは見世物じゃねえぞ!」
見世物以外のなんだというのだろう?
そう疑問に首を傾げつつも、職員たちはそれぞれの役割を果たすために散っていった。
「ふふー、もう逃がしませんからね?」
「ばかもん、それは俺のセリフだ」
そんなやり取りを背中で聞いて、「おれ、この戦いを生き延びたらあの子に結婚を申し込むんだ」と旗を立てる職員が続出していた。
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「先遣隊から報告が戻りました」
「部隊じゃなくて?」
「はい、異変が生じているようです。おそらくあれは都市を捨てて脱出しようとしているようで」
「はあ!?」
思わず大声をあげた俺とは対照的に、ゴンザレスのオッサンは落ち着き払っている。
「先遣隊はそこにとどまっているのだな?」
「はい。状況が確認できるまで待機との判断でした。幸いかどうかは判断できかねますが、魔物の襲撃を受けているような感じではありません」
するとローレットが立ち上がって告げた。
「行きましょう」
「だな。オッサン、部隊を率いてここで防戦の用意を。俺はギルドメンバーを引き連れて救援に向かう」
「承知。死ぬなよ?」
「過労死はしそうだけどな。ああ、あとローレットは置いていくから」
「はあ!?」
「むしろ後送しよう」
「なにそれ! ここまで来ておいてどういうことよ!」
顔を真っ赤にして抗議してくるローレットを尻目に俺はオッサンと事務的な確認を行う。
「戦力の分散は……仕方ないな。ギルバートよ。吾輩は貴様を認めているのだよ。我が娘の婿にしたい程度にはな」
ギンッとローリアが眼光を強める。
「オッサン、その話は生きて帰ってからな」
「ククク、言質は取ったぞ?」
「いや、というか、それいまする話じゃないよね?」
「何を言う。非常時こそが人の本質が明らかになる。そして貴様はこの状況で普段と変わらぬ姿を見せておるではないか。その胆力は瞠目に値するぞ」
「オッサンに言われたくねえよ」
「ふむ、では吾輩の膝を見るがよい。カタカタ言うておるだろうが」
「お、おう」
「心のままに行動するならばだな。今すぐ逃げて帰りたい」
「おい」
「だがな、敵前逃亡などしようものならば愛しい妻も我が娘も守れんではないか」
「ああ、そうだな」
「ぬおおおおおおおおおおおお!!」
オッサンが顔を天に向け吠えた。そして向き直ったとき、震えは止まり、武人の顔をしていた。
「恐怖とは乗り越えるためにある。乗り越えた先には……武人として新たな境地があるというわけだな」
すげえ。
「あ、ローリア。お前さんもこのわがまま皇女様の護衛で下がってくれ」
「いやです」
「んじゃ頼んだぞ……っておい!?」
「ギルさんを生還させろってリチャード坊やに頼まれてるんですよ」
「んじゃなおさらだな。ってか陛下を棒や呼ばわりかい」
「おしめを換えたこともありますし」
「んじゃなおさらローレットを守ってくれ。こいつが死んだら俺も生きてない」
その言葉にローレットの顔が別の意味で赤くなる。
「え? それ? まじ? ふぇえええええええええええええ!?」
ああ、聞きようによってはそうとも取れるな。
「貴様! 吾輩の娘との婚約をどうするつもりだ!」
「え? なにそれ! ゴンザレスの娘ってまだ10歳じゃない! 犯罪よ、犯罪!」
「故に婚約なのです殿下。優良物件は早めに確保ですぞ」
「わたしのギルバートを取らないで!」
「ふ、嫁は若い方が有利なのですぞ」
うん、なんだこのカオス。
面倒になったのでこいつらを放置して出発することにした。
「行くぞ」
「おう、色男。間違ってもその面に傷をつけるなよ!」
「抜かせ、その程度で去っていくならその程度の女だよ」
「違いねえ。がはははははははは!」
ガンドルフの親戚とか言うドワーフはいつもこんな感じだ。
ゲラゲラと笑う声に周囲も恐怖を振り払い、死地へと一歩を踏み出した。
馬から降りるとクリフが先遣隊の兵をまとめていた。
「クリフ、状況は?」
「よくないですね。ダンジョン内部で異変があったようです」
「ここに陣を建ててくれ。俺は都市へ向かう」
「……承知しました。ギルバートさんが戻るまでここを守ります」
それは俺が帰らないと動かないということか。
「ああ、わかったって。まったく、心配性だな」
「あなたの数々の無茶を考えれば当然かと」
「すまん」
思わず土下座したくなったが、そんなことをしている時間も惜しい。
ひらりと手を振ると、再び馬にまたがってイーストシティに向けて走り出した。
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