異変

 鉱山の中で働いていた人間が消息を絶った。

 魔物が住み着いているし、事故も多い場所だ。未帰還者がいることはそれほど多くもないが、そこまで珍しくもない。その程度の話だった。


「……ここ数日で10人以上だと?」

 冒険者ギルドのイーストタウン支部。支部長はもともと名うての冒険者で、大規模なパーティの指揮を執って大型魔獣に対抗し、討ち取った。

 その実績を買われ、有事の際には冒険者を率いて防戦の指揮を執るようにと帝都の本部から命令が出ている。


「ちくしょう! 何が起こってるんだ!?」

 ひとまず調査と、鉱山への立ち入りを禁じる布告を出すが、そもそも借金や犯罪行為で後がない者もいる。

 そうこうしているうちに、また新たな目撃証言が上がってきた。

 鉱山で行方不明になったものがアンデッド化しているという話だ。


「見たんですよお。信じてくれって!」

 腰を抜かしてへたり込んでいる中年男が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらギルド職員に縋りついている。

 この男は評判が悪かった。こんな辺境まで流れてきている時点でろくでもないのはいまさらだが、その上でこいつは特にヤバかった。

 博打は基本でトラブルを起こす。現場で逃亡する。ここでいう現場とは魔物が出た場所のことであり、戦場とか鉄火場とかくらいの意味だ。

 実力はない癖に威張り散らす。いざとなったら逃げる。それがこの男の評判のすべてである。

 冒険者家業は腕っぷしがものを言う。見栄とメンツは場合によっては命がけで守らないといけない。

 

 その前提で考えると、こいつの態度はいろんな意味でおかしかった。


「あ、マスター」

 縋りつかれてうんざりしていた表情の職員は、支部長であるジェイスンの姿を見ると即座に声をかけた。

 そうすることで、いろんな厄介ごと、直近は足元に縋りついている汚い中年男を引きはがせる、大きくはダンジョンの異変の報告だ。


 報告者がいかに普段から信用のない者だとしても、今回の報告、すなわち「ダンジョン内部にアンデッドが大量発生している」という内容は聞き流せるものではない。

 さらに最近増えている未帰還者が軒並みアンデッドになっているという話はいっそ荒唐無稽だったが、それを放置するということは、ギルドという組織の性質上あり得ないのだ。


「おう、とりあえずそっちで話聞くぞ」

 ジェイスンが声をかけるが、足が震えて立てない有様を見てギルド内部に不穏な空気が流れる。

 取りあえず縋り付かれている職員が肩を貸して歩かせる。無駄に体格がいいのでもう一人手助けを呼ぶ羽目になった。


 ギルドの応接室。ソファとテーブルがあり、魔道コンロで簡易な炊事もできる。何の変哲もないように見えるが、実は最新の魔導技術で防諜対策がとられているのだ。

 ドアを閉めてジェイスンがドアノブに対してキーワードをつぶやくと、薄いドアでは確実に遮断できないはずの外の音が消えた。

「これで安心だ。おめえが何を言っても外に漏れることはない。さあ、報告しろ。一体何があった?」

「……」

 ガタガタと震える姿は何らかの異変があったと断言するのに十分だった。これが演技だとしたら帝都の劇場で一流どころを張れるだろう。自分の意志で血の気のひいた顔を作れるのならば。

「大丈夫だ、おめえはギルドに所属している。ならギルドに協力する限り俺たちはおめえを守る義務がある。だが報告しないってことは……わかるな?」

 男は必至な表情でこくこくと頷く。だが体の震えは止まらない。そのせいでうまく声が出せないようだ。


「仕方ねえな……」

 ジェイスンは立ち上がると戸棚を開け、中からビンとグラスを取り出した。

 グラスに水を注ぐと、指輪に対して呪文を唱えると、中の水がかき混ぜられ、カランと音を立てて凍った。

 その上にビンから酒を注ぐ。ギルドの応接室に置かれるほどの酒は、普段男が浴びるように飲んでいる安酒とは比べ物にならないほどの芳醇な香りを漂わせた。

 軽くグラスを回し、氷の表面を滑り落ちる琥珀色の液体は急速に冷やされる。

 ジェイスンは無言でグラスを差し出すと、震えた手でそれでも酒をこぼすことなく一気にあおった。


 強い酒精が喉を焼き腹に灼熱感が落ちていく。同時に体の芯まで冷え切ったような感覚は徐々に収まり、若干の酩酊感が恐怖をぼかしていく。


「落ち着いたか?」

「あ、ああ。すまねえ」

 その態度にジェイスンは若干の驚きを感じる。この男の態度に怒声を上げたことすらあったのだ。それが今は縮こまって殊勝な態度をとっている。

「それで、何があった?」

「ああ……」

「さっきも言ったとおりだ。ギルドは所属するメンバーを守る義務がある。だからあったことを話すんだ」

 重い口を開かせることに成功したようだ。

 ぽつり、ぽつりと話し始める内容、最初はギルドの禁止を無視して鉱山に入ったところだった。布告を無視したことについてはいまさらだ。


 鉱石拾いは鉱山に入るうえでメジャーな活動の一つだ。つるはしでガッツリ掘るのではなく、露出している壁面や鉱脈をハンマーでたたいて小石サイズの鉱石を拾う。魔石が拾えれば一晩の宿と安酒くらいは確保できる。そんな仕事だ。


 話は核心に迫る。坑道の角を曲がると、その先は休憩や作業用の少し広く取られたスペースだ。

 たまにダンジョンで自然発生する魔物が集結していることがあるので、角から少し顔を出して先を確認すると……何かもめているようだった。

 取りあえず事情を探ろうと近寄ると……そこには凄惨な修羅場が繰り広げられていた。


「喰われてたんでさ……」

「喰われた?」

「ええ、冒険者風の連中が5~6人いて、その真ん中でわけえのが……生きたまま体中をかじられて」

 その光景を思い出したのかぶるりと身を震わせる。

「アンデッドはそれだけか?」

「それが……喰われてたやつが息絶えたと思ったらね、そいつもゾンビになって、骨が見えてるのに動き始めたんでさ」

「……なんてことだ」

「そこで俺も奴らに気づかれましてね。ゾンビなら足は遅いから逃げ切れるって思ったんですが……」

「それだけじゃなかったってことだな?」

「いえ……前からアンデッドがいるっていううわさは聞いていたんでね、とっときの聖水をぶちまけて何とか逃げてきたんですよ」

 対アンデッドの備品は不足している。帝都から部隊が派遣されてきていると聞いてはいるが、どこまで来ているかは不明だ。


「わかった。情報提供に感謝する」

 ジェイスンはドアを開けると、ギルド全体に轟くような声で命じた。

「緊急事態を宣言する!」

 その一声でギルド全体が一瞬静まり返り、直後、緊急事態に応じたマニュアルに従って職員たちが走り回り始めた。

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