平原を往く

「おお、これは……」

 目の前に広がるのは広大な平野。先ほどまでの道の下を流れていた川は、ゆったりとした流れで広がっている。

 土木課の次くらいに低い扱いを受けている農業課の連中が見たら踊りだすだろうか?

 思わずローリアを見ると、ゾクッと寒気がした。にっこりと笑って首をかしげる姿は齢三けt「ぶべらっ!」

 ローリアの可憐さに思わずくらくらした。後頭部に加わった打撃は気のせいだ、きっとそう。

 クリフは目をハートマークにして、馬上から跳躍し、俺の後頭部に蹴りを入れてそのままトンボを切って自分の馬に戻った姿をほめたたえていた。


 下草は低く、視界を遮るものも無い。時折ポツンと木があるくらいだ。


「うーん、資材の調達に苦労しそうではあるな」

「時折ですが林はあるのでそこからですかねえ」

 さらに東に向け移動しつつクリフと相談を重ねる。

 多少の起伏はありながらも見晴らしがいいので、警戒の兵は出しつつも雰囲気はのんびりしていた。


「報告! 左前方に少数の魔物集団!」

 俺の前を行くゴンザレスのオッサンの所に報告が来た。ふと前方を見ると狼の群れがいるようだ。

 目が赤く光っているのは魔物化した動物の特徴で、普通の野生動物なら武装した人間の群れには近寄ってこないが魔物だと何をしてくるかわからない。

 冗談抜きで狼が口からブレスを吐くこともあるそうだ。


「殿下?」

「任せます」

 ローレットが表情を改め、部隊は戦闘態勢に入る。我が土木課が誇る魔導士たちはその手に獲物たる工具を握る。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオン!」

 前方の少し高くなっているところから遠吠えが聞こえてきた。


「来るぞ! 方陣だ!」

 オッサンの命令に従って盾兵が前に出て壁を作る。

 ボスの命令に従って狼たちが疾走を始めた。

「速い!」

「あわてるな!」

 兵たちがお互いに声を掛け合って迎撃態勢をとる。


「弓兵!」

「おう!」

「引き付けろ、まだだ、まだ……撃て!」

 群れの中心部に向けて矢を放つと、群れはパッとばらける。

 その動きを見極めていた俺は……スコップで地面をたたいた。


「ぐるああ!?」

 群れが駆けてくる一直線上の横に落とし穴を掘ったのだ。

 ぽろぽろと面白いようにはまり、全力疾走の勢いそのままに穴の壁面にぶつかりダメージを負う。

 

「動きが止まった奴を狙え!」

 オッサンの指示に、弓兵は一斉射撃から個別の狙撃に切り替えて矢を放ち、確実に敵を仕留めて行った。

 業を煮やしたボスは一直線にこちらに向かってきて……。

「ふんっ!」

 オッサンの跳ね上げた大剣に真っ二つにされた。


「お見事」

「なに、援護がよかったからだ」

 ごつっと拳をぶつけ合い互いの健闘を称える。


「魔弾よ、敵を討て!」

 逃げていく狼の群れにローレットが追撃の魔弾を放っていた。

 徹底的に叩くのは良いことだ。


 魔物化した動物は死ぬと魔石を残して消える。小休止の間に魔石を拾い集めることにした。

 加工すれば魔道具として使えるので貴重な物資だったりするのだ。


「街まではあと3日と言ったところですね」

「ああ、というかここに拠点を作っておくか。先遣隊は?」

「もう少ししたら戻ると思います」


 狼の襲撃を受けた場所から数時間進んだこの地点は小高い丘だ。

 川も近く水の補給が容易であることもポイントが高い。

 部隊規模で野営ができる地形でもあった。


「物見やぐらを置くべきですね」

「そうだな。後続も山を下りきったようだしな」

 西を見やると、星空を切り取ったように山の影があり、そのふもとにポツンと明かりが見える。

 二日分進軍した距離を隔てて野営の火が見えるということは相当に見晴らしが良いわけで、逆に言えば盾となる地形がないということだ。

 山のふもとに関所を築くべきという意見も出た。当面は時間がないので後日の課題にする。


「うまく開拓すれば相当の人口を養えるわね」

「しかも王国、共和国とは逆向きの位置ですからね」

 帝国本土の北西に王国、南西に共和国がある。共和国は大陸から突き出た半島を領土としているため、海軍力が非常に強い。

 王国は広大な平野部を支配しており、食料生産で帝国を圧倒している。

 帝国の地形は山がちなので農業生産力では不利だ。

 帝国は人口が多く、鉱物資源が豊富だ。また森林も多いので工芸なども発達している。

 お互いがお互いを補いあう関係というわけだった。ただ、国同士というわけできれいごとじゃすまない部分もある。

 今回、帝国がこの平野を得れば、少なくとも王国との関係性のバランスは崩れる。王国は輸出のための食料生産をしており、その前提が崩れれば混乱は必至だ。

 場合によっては王国が再び帝国に飲み込まれれば、共和国も風前の灯火となる。そういうことなのだろう。


「先のことはわからんもんだけどなあ。それでも先を考えて動く。頭が下がるね」

「どうしたの?」

「いや、いろいろとですな。先のことは先にならんとわからない。そう思ってるんですよ」

「当り前じゃない。けどね、どんな「先」がきてもいいように備えるのは当然じゃない? 未来がいいことしかないと考えるのは愚か者ですらないわ」

「なるほど!」

 俺は思わずローレットをまじまじと見てしまった。

「……なによ?」

「いや、あなたは本当に皇女だったんだなと」

「どういう意味?」

「正しく為政者としての目線を持っているということですが」

「それまではどう思ってたんですかねえ?」

 さすがに据わった目でこちらを見る。最近ローレットの侍女のように控えて射るローリアが親指を立てて首を掻っ切るしぐさをしてきた。

「えーと……」

 笑顔のままローリアがノーモーションでレイピアを具現化させて突き出してきた。

「ダーイ」

「ちょ、おま!?」

 笑っていない笑顔を会得したローレットが本当に殺さんばかりの勢いでレイピアを振るう。

 俺はそれを必死によける。まさか反撃もできないし、うかつに怪我でもさせたら何を言われるかわからない。

 そして部隊の皆さんは……。

「姫様、フェイントをうまく使うのです!」

「そこだ、奥義を発動です!」

「む、見事なスコップ捌きだ」

「当り前だろ! 土木課のエースだぞ!」

 え? 俺エースだったの!?

 ちょっと衝撃を受けて、剣先をかわし損ねた。髪の毛を数本持っていかれる。

 などとバタバタやっている陰で、事態は着々と悪化していることをその時の俺は知る由もなかったのである。

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