一晩明けて
「うう……」
昨晩は地獄だった。なぜかローリアとローレット殿下が俺の両隣を制圧し、かわるがわる口に料理を運んで来る。
ついでに俺を酔いつぶそうと次々に酒を飲ませてくる。
先祖にドワーフがいた疑いをかけられたのは笑い話だが、ここで酔いつぶれようものならどうなっていたかは考えたくない。
美少女が二人、両隣にくっついて座って料理を食べさせてくれるとか普通に考えたら天国だろう。だがその空気感は地獄そのもので、思い出したくない黒歴史になりそうだった。
さすがに満腹近くなって口を開かずにいたところ、二人がそろって俺をにらんできた。
「なによ、わたしの出したものが食べられないっていうの?」
「ギルさん、あーん」
再び視線が痛い。痛いったら痛い。
二人の手にはフォークが握られており、そろって同じ料理が突き刺さっていた。料理の好みを言い訳にすることもできず、どっちの料理を食べても角が立つ。そして刃傷沙汰へ……。
「貴様が食べないなら我が!」
我が主君が大口を開けて突進してくる。ローリアは指先に小さな包みを乗せ、ビシッとはじいた。
さらにローレット殿下は調味料のボトルを握り締めると、その先端から飛び出した黄色いとろみのある液体が陛下の口を直撃する。
コショウを眼球に受け、さらにカラシを口いっぱいにほおばった陛下は、断末魔をあげながら転がっていった。
そこに帝都から現れた近衛兵が陛下を担ぎ上げ連行していく。
「宰相閣下より伝言です。書類の塔を一つでも早く減らしていただきたいとのことです」
「ローレットたあああああああああああああああああああああん!」
陛下の泣き言には誰も同情しなかった。ゴンザレスのおっさんがやれやれとため息を吐くだけだった。
その隙に移動しようとしたが、ガシッと両肩をつかまれる。
「あーーーーーん!」
にこやかなのは声だけで、二人のフォークが同時に口に捻じ込まれる。肉の味どころかカラシとコショウの味しかしねえ。
「くぁwせrちゅんみ、お。・¥vbんmklfvf!!!」
声にならない悲鳴を上げかけたところに割ってない蒸留酒が流し込まれた。
奴らはそろってハイタッチをしている。何かがぷっちりと切れた俺は酒のせいにすることに決めた。
「ローリア……」
酒で火照る顔をそのままに彼女の眼を見る。そしてその顎をクイッと持ち上げる……。何かを期待したのか目を閉じて、半開きの口に酒瓶をねじ込んだ。
「んん!? んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん……スヤァ」
「さて、次はお前だ」
ローレット殿下はさすがにまずいと思ったのか後ずさる。
「やだ、軽い冗談じゃない。ね、ギルバートさん」
こてんと首をかしげる姿は確かに可愛い。普通の男なら騙されるだろう。
「え、かわいい……?」
なにやらモノローグが口から洩れていたようだがキニシナイ。酒が悪いんや。
「ああ、かわいいよローレット」
素面なら絶対に口にしないような甘い言葉をささやき……彼女の口をふさいだ。さっきローリアが半分ほど中身を飲み干した酒瓶で。
「おう、うまいじゃねえか! 兵士でやっていけねえって思ったらうちに来な!」
ガンドルフが訓練中の兵を鼓舞する。実際彼は人をほめるのがうまい。
「ありがとうございます!」
「ん? ああ、これはこうするんだ。いいか、よく見てろよ?」
スコップの先に魔力を集約する。あの魔力操作は見事なものだ。っていうか魔法ギルドの課長を務める人間だからな。人並外れた魔法の技量があって当たり前なんだけどな。
「あん? ギルバートにそんな度胸があるわけねえだろ」
「そうなんですか?」
「ローリアの嬢ちゃんがあんだけ迫ってもピクリともしねえんだぞ?」
「そうですよね、今に愛想つかされますよね?」
「それはわからんがな、まあ男ならビシッと決める時があるだろうがなあ……」
どうも人のことをネタにしているようなのでちょっと仕返しをすることにした。
「どうもー。マスター、奥さんからです」
通信用魔道具を渡すと、ガンドルフの顔からサーッと血の気が引いて行った。
「あ、いや、すまん、急な仕事でな? え?」
もちろん奥さんには俺から連絡した。事情も話してある。
「ああ、わかった。なるべく早く帰るって。え? ギルバートの野郎……わかった! すまん! 愛してるぞ!!!」
ついでに日ごろのノロケを暴露しておいた。
さて工事の状況だが、順調だ。ガンドルフの指導により簡易的な土魔法を習得した兵たちが、ペースを上げている。
陛下肝いりの事業ということもあって、皆の士気は高い。
「はい、お水です」
ローレット殿下は兵たちの様子を見ながら、疲労していれば休息を命じ、自ら水を汲んできて与え、言葉をかけて回っていた。
差し出がましいことは言わず、場合によっては魔法を使って補助をし、けが人に治癒魔法をかける。
「意外だったな……」
もっと引っ掻き回されることを想像していたが、むしろお飾り以上の存在感だ。専門家に任せたらあとはどっしりと構えて余計なことはしない。
ある意味リーダーの理想像だ。
「ギルさん」
後ろからローリアが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「マスターは奥さんに首根っこ捕まって帰っていきました。あと、遠征用の荷駄が明日届くそうです」
「わかった。んじゃ今日中に仕上げるか」
「……やりすぎないでね?」
「それをお前が言うか……」
「ちゃんと手加減しました」
ぷーっと頬を膨らませるローリアは若干幼く見える。
その姿をみてクリフが若干ぽーっとした表情を見せた。
「ん? どうしたんだクリフ」
「いえ、ななななななんでもありませええええええん」
実にわかりやすい奴だ。
「ローリアってエルフだろ?」
「は、はい。綺麗ですよね」
「エルフ、それも魔力の高いハイ・エルフってのは人間の数倍の時を生きるんだよな」
「は、はい?」
「ローリアの実年r「そぉい!」たわらば!?」
「わたしは19歳です」
「ゼロがひt「ふんっ!」あべし!?」
情け容赦のない拳の洗礼にクリフは顔を青ざめさせていた。
「し、仕事に戻りまーーーーす」
「がんばって」
ローリアが小さく手を振る。ついさっきまでならクリフは顔を真っ赤にでもしていただろうに、今は蒼白な顔だ。
「うふふふふふふふ、ギルさんってば。わたしをクリフさんにとられたくなくてそんなウソを言ったのね? 可愛い人」
にっこりを笑みを浮かべるローリアの前で、きしむ腹筋の痛みに悶絶するのだった。
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