皇帝襲来
「やあ、はじめまして」
顔を見るのは初めてではないが、肉食獣のような笑みを浮かべた我が主君が手を差し伸べてくる。
「は、はじめて御意を得ます」
さすがに立ったままだとまずいと思い、膝をついて手を取った。
「なに、貴様の階梯授与の場には我もいたのでな。ただ、直接言葉を交わすのは初めてであるな」
「はっ、左様にございます」
周囲の兵たちは半ば恐慌状態ながら、素早く隊列を組む。陛下を中央に置いた方陣だ。
そんな状況でもローリアとローレット姫の二人は斬り合いを続けている。
二人の実力はまさに伯仲し勝負の天秤はどちらに傾くかは洋としてわからなかった。
「うむ、現実逃避はいかんぞ」
「はっ、失礼いたしました」
ガシッと肩をつかまれる。
「うむ、我の問いに答えよ。偽りを申すことは許さぬ」
「は、はっ!」
なんだ? 俺なんかやらかしたか?
「貴様、ローレットたんとどこまでヤった?」
「は、はい!?」
なんかいろいろと聞き捨てならない単語が飛び交った気がした。
「陛下!」
ゴンザレスのオッサンが陛下の後頭部を足場に使っていた木の板で張り飛ばす。
体幹がしっかりしているせいか、きれいな円運動で振るわれた板は相応の威力を発揮した。
陛下は顔から地面に落下しそのままぞりぞりと地面を滑っていく。
あまりの威力に折れた板がくるくると地面を転がっていく。
「え、オッサン。あれ大丈夫なの?」
「……あの程度でダメージを負うようなら皇帝はつとまらんよ」
「え? そうなの? まじ?」
苦々しい表情でうなずくゴンザレスのオッサン。
視線の先では顔面を下にして逆立ちしたような姿勢の陛下。
手を地面に着き、ぐっと体をを持ち上げる。そして逆立ちの姿勢のままびよんと飛び上がった。くるっと回転して足から着地する。
ごきごきと首を鳴らすがその顔には砂埃は付いていたが傷一つない。
「あーもー、なにすんだゴンちゃん。痛いじゃないか」
「嘘つけ……」
皇帝と元親衛隊長のやり取りに騎士たちは頭を抱え兵たちはおののいている。なおローリアとローレット殿下は激しい斬り合いは鳴りを潜め、互いに構えたまま隙を伺っているようだった。
「ま、あれだ。うちの娘に手を出すつもりなら相応の覚悟をしてからにしてくれよ?」
「ショウチイタシマシタ」
ここで手を出すつもりなんかないと言えばいいのかもしれないが、それはまた別の問題を巻き起こしそうだ。
俺は空気が読める男なのである。
「うむ、いい返事だ。貴様の働きに期待している」
陛下は満足げな笑みを浮かべる。目は笑っていないが。
と、そこで気づいた。二人の闘気と魔力が極大まで膨れ上がっている。そう、まるで切り札の技を繰り出すときのような……?
「え、ちょ!?」
「む、ありゃまずいな」
「姫えええええええええええええ!?」
三者三様に、ツッコミ(未満)を入れる。
「はあああああああああああああああああああああ! 雷速の突き、受けてみなさい! 紫電閃!」
バチバチとスパークする切っ先をかざして突進する。ってかあれ手加減できるような技じゃないよな。
「……まずい」
ローリアは迎撃を諦めて防御魔法を展開する。それでもわずかに間に合わない。
切り札の威力と速度に差があり過ぎた。
「森羅万象の息吹よ! フォートレス!」
地面に手をついてローリアの前面に防壁を展開する。
「貫けええええええええええええええええええ!」
おい、手加減しろよ!?
普通のレイピアなら岩壁に叩きつければ折れるなり曲がるなりする。だけども魔剣ティルフィングにはそういう常識は通用しない。
雷をまとった刺突はそれこそ熱したナイフをバターに突き刺したように音もなく俺の防壁を貫いた。
「今!」
魔力を操作して防壁の属性を変化させる。
雷属性の魔力を推進力に換えて速度を出す突進技なら、剣からその魔力を抜き取ればいい。
魔法を解除されたローレット殿下は剣から手を放して距離をとる。
俺はそのままローリアの手をつかんで追撃を止めた。
「よし、そこまで! 見事な手合わせであった!」
その言葉にこっちを振り向いたローレット殿下の顔が驚きに塗り替わる。
「お父様!?」
「パパって呼びなさあああああああああああああああああああああああああああああい!!」
「まだ引っ張るのかよ!」
ゴンザレスのオッサンのツッコミが空しく響く。
「一生言い続ける所存!」
「その信念はもっとまっとうな方向に生かしてくれませんかねえ!?」
「何を言うか。我が子を愛するのに誰をはばかることがあるのだ?」
「そこだけまっとうなこと言うのやめてくれませんかねえ?」
なんか額が触れそうなくらいの位置でにらみ合いを続けるオッサン二人。
そして同じように女性二人も鼻先が触れ合いそうな距離で再びにらみ合いを再開させていた。
「うふ、うふふふふふふふふふふふ」
「何よ、その勝ち誇った笑みは?」
「だって、わたしの危機にアルさんは身を挺してかばってくれたんですよ?」
いや、防御魔法は使ったが割り込んではねえな。
「あんた、まさかそこまで計算して!?」
「うふふふふふふふふふふふー。負け犬は早く遠吠えでもしやがるのがいいのです」
周囲を警戒している兵たちは泣きそうな表情をしている者も多かった。
ガンドルフは酔いつぶれて寝ている。
クリフは……目をぎゅっと閉じて耳をふさいでいた。
「ミザルキカザルイワザル」
おまじないを唱えている。ありゃだめだ。
「だめだこりゃ……」
俺にはこのカオスな状況を収拾するすべはなかった。
「傾注!」
取りあえず罵り合いがひと段落したのか、威儀を正した陛下とゴンザレスのオッサンが即席で作った盛り土の上に立っていた。
なぜか俺もそのすぐそばに立つ羽目になっているのは、現場責任者だからだそうだ。わからなくもないが納得いかねえ。
「ゴンザレス隊の精兵よ。日々の任務に対する精励、感謝する」
「「「はっ!」」」
一糸乱れぬ動作で敬礼を行う。というか、皇帝陛下直々の誉め言葉に涙を浮かべる兵もいた。
「これより諸君らは街道整備と、東に見つかった新たなダンジョンへの警戒任務にあたる。ただし、この情報は秘匿対象のため、本来ならば諸君らに贈るべき儀礼は省略されることとなる。誠に相すまぬ」
先ほどまでのお茶らけた雰囲気は鳴りを潜め、酔いつぶれてくたばっていたはずのガンドルフも直立不動の姿勢をとっていた。
「我が帝国の拡張の余地はほぼ東にしかない。ほかの方面に広がれば人同士のいざこざを生む故な。また、高純度の魔石は帝国の発展に大いに寄与するものとなる。この任務に成功すれば諸君らの功績は計り知れぬものと思え」
うん、うまく人参ぶら下げたな。
「無論、危険な任務だ。そのうえで我より約しておく。負傷手当、死亡手当は従来の10倍だ。我が腹心たるゴンちゃ……ゴンザレス卿に書面を預ける」
連続の飴に兵たちの目がぎらつく。庶民から成り上がろうって連中だからな。
「かたい話はこれくらいにしておこうか。これより無礼講とする。我も皇帝という立場を降ろしたい夜もあるのだよ。はっはっは」
「そこに料理と酒を用意してある。明日の任務にさしつかえん程度に飲み、食うがいい……解散!」
ゴンザレスのオッサンの宣言と同時に陛下が走った。
「ローストビーフは我がもらった!」
「あ、陛下、ずるい!」
再びカオスな夜になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます