現状

「殿下!」

 ローレットの悲鳴を聞きつけたのか、ドアをぶち破りそうな勢いで応接室にごついオッサンが駆けこんできた。

 あまりの勢いに俺はアイアンクローを解く。


 ん? この顔どっかで見たことがあるような……?

 けど明らかにこのオッサン近衛騎士だよな。着ている礼服に高度な防御魔法がかけられている。下手な鎧より硬そうだ。


 孤児である俺の人生にこんな立派なオッサンとの接点があるわけもなく、他人の空似だと流すことにした。


「ふええええええええ、ゴンザレス、わたし顔ゆがんでない?」

「大丈夫です。姫様はいつも通りお綺麗ですよ」

「うう、ありがとう」

 なんかよくわからない漫才を見せつけられているようだった。


「不肖このガンドルフ。皇帝陛下のため粉骨の覚悟で働く所存!」

 とりあえず場を取り繕うためかガンドルフが大声で意気込みを宣言する。

 その言葉に我に返ったローレット殿下がシャキッと立ち上がって言葉を返す。

「期待していますよ」

 にっこりと笑みを浮かべる姿は確かにお嬢様ではなくお姫様だった。隣にごつい近衛を従えているとますますそう見える。

 というか面倒ごとが増えてしまったことに気づき、やれやれと肩をすくめるのだった。


 応接室からギルドのホールに戻るとガンドルフがさっそく動き出した。

 何人かの職員の指示を出すと、彼らはあわただしく動き始める。

 さらにローリエにも声をかけた。


「ローリエ、冒険者ギルドに求人票を出してくれ」

「はい、マスター」

 はっきりと言えばうちのギルドの仕事は不人気だった。

 慢性的に予算が不足しておりろくすっぽな報酬しか出せない。ぶっちゃけて言えばローリエ目当てで駆け出しがちょいちょい来ていたが、あの氷の微笑みに撃墜されていって再びくる奴はまれだ。

 仕事の間のつなぎにするにも報酬が安い。さらに肉体労働がきつい。魔法使いでも報酬は同じ。

 うん、よくやってこれたよな。


「ふははははははははは、金ならあるぞ!」

 ガンドルフの表情は明るい。それこそ、善意の寄付で成り立っていたところもあったからな。

 といっても野菜とかの差し入れだったりするわけだが。あ、それでも商人からの献金とかはたまにあった。その金額によっては街道整備の順序を入れ替えたりとかもあった。

 いちおう全体に影響が出ない範囲で、だけどな。


「募集内容はこれでいいですか?」

 カウンター内で恐ろしい速度で手を動かしていたローリエが用紙を持ってくる。

 内容を見ると、日雇いの報酬はそこそこの腕を持つ冒険者と同じくらいの金額で、さらに食事つきとも書かれていた。

 あざといことに調理責任者の名前にローリエの名前が書かれている。

 ローリエさんの手作りお弁当だと? と色めき立つ様子が幻視される。実際にはどこかの料理屋に手配するという意味だろう。


「なにか?」

 にっこりと笑みを浮かべる姿に、自分の推測が外れていないことが分かった。ま、嘘はついてない。


 用紙は2枚あった。正規職員も募集する。もともと人手不足で日雇いを使って何とか仕事を回していたのだ。さらに東の街道整備は俺一人で行って何とかなるもんじゃない。

 たぶん補佐役に何人かついてきてもらって、新しく入った職員は帝都周辺で働いてもらうんだろう。


「ギルバートさん。今回のお仕事はゴンザレスの部隊がついてきてくれますの」

「部隊?」

「ええ、わたしの護衛部隊ですわ」

 後ろに控えているごついオッサンがうなずいた。

「規模はどのくらいですか?」

 ローレットをすっ飛ばしてオッサンに聞くと。

「騎兵30、徒士170の200名だ」

「にひゃ!? くぅ!?」

 騎兵がこのオッサン。歩兵は副官が率いるという。

「……土木工事の経験はありますかね?」

「さすがにないな。陣地構築ならば経験はあるが」

「野営とかの?」

「そうだ。あと貴様も我々の同僚となったのだ。もっと砕けた口調で構わんぞ?」

「ああ、そりゃ助かる。……って同僚!?」

「先ほど騎士に叙任されただろうが。殿下の護衛と補佐も任じられたはずだ」

「え、ええ、たしかに」

「護衛というか武力は吾輩が何とかしよう。貴様は土木工事の指揮を執れ。我が部隊はそれに全面的に協力する」

「……承知した。よろしく頼むゴンザレス卿」

「卿はいらぬ。こちらこそよろしくな」

 差し出してきた手を思い切り握りしめられた。

 ニヤッと笑みを浮かべるゴンザレス。こういうのは嫌いじゃない。というか俺魔導士だから魔力強化しても反則じゃないよね。


「ぐぬっ!?」

 ゴンザレスの顔色が変わる。そこからさらに力を込めてきた。礼服の袖のボタンがパチンと弾ける。

 お互いあまり表情に出さないようにして力を籠めあう姿に、ローレットはお花畑なことをほざいていた。

「うふふ、さっそく仲良くなってくれて嬉しいわ」

 先行きが不安だ。


「整列!」

 俺の号令に騎士や兵が並んでいく。その姿は精鋭と呼ぶにふさわしいもので一糸乱れぬという表現が全く大げさではなかった。

 隣でゴンザレスのオッサンが腕組みをして睥睨している。


 ここは帝都を出てすぐの歩哨小屋だ。帝都の近郊とあって非常に人の往来が多い。イコール街道の消耗が激しいのだ。

 これだけの人員をただ護衛だけに使うのは効率が悪すぎる。護衛対象にくっつく人員を含めて10人の小隊を1単位として運用することにした。

 馬に乗れる騎兵技能の持ち主は別枠とする。いざって時の切り札扱いだ。


「さて、皆さんにはこれより工兵の訓練を受けていただきます」

 俺の一言に彼らの表情が曇った。それはそうだろう。近衛騎士として厳しい選抜を潜り抜けてきた彼らの希望は戦場で華々しい戦果を挙げることだ。

 この帝国の身分はかなり流動的だ。何らかの功績をあげればその種類に合わせて身分を与えられる。その功績はたとえば帝国大学で優秀な成績を修める、なんかも含まれるし、大学の入学条件に身分は一切関係がない。

 

 少し話がそれたが、彼らの選んだ栄達の道は戦場での功績だ。

 そして工兵の訓練はその功績に向かっているようには見えない。そういうことだ。

 だから俺も切り札を切った。


「みなさん。頑張ってくださいね! わたしも皆さんの努力を見逃さないように見守らせていただきます!」

 普段の騎士服っぽい姿ではなく、夜会に出るような艶やかなドレス姿のローレット殿下がにっこりと笑って手を振る。


「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 彼らゴンザレス隊の隊員が護衛対象、すなわちローレット殿下を見誤ることはない。彼女が頑張った人にはご褒美よ、とほのめかす。それだけで彼らの士気は有頂天に達した。

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