追及

「お父様。お聞きしたいことがあります」

「パパって呼んでくれないんだ……」

 膝を立てて抱え込むような格好で玉座に座り込む皇帝陛下。

 ひじ掛けに指先を当ててなにやら字を書いているようだけどわたしの位置からはよくわからなかった。

 皇帝とて人で、子を持つ親だ。そこはわかる。わたしにはまだ子供はいないけど、いずれは子を産んであんな風にすねるんだろうか?


 子供というキーワードでなぜかギルバートさんが浮かんだ。ちょっと恥ずかしくなって頬に手を当てる。


「む、なんだ? まさか……男か! いかん、いかんぞ!」

「……そうだとしたら?」

「くっ、許さんぞ! どんな男か連れてくるのだ。我の目にかなわぬようならその首刎ねてくれるわ!」

 ゴンザレスが頭を抱えている。これでお父様と同年代で皇太子時代は学友をしていたそうだ。

 近衛上がりでわたしの護衛隊長を任されるほどの信頼を得ている。

 そもそも帝国最強の人物は皇帝たるお父様だったりするんだけどね。


「陛下。まずは殿下のお話を聞きましょう」

「……お前がそういうなら」


 ようやく話が進みそうだ。ゴンザレスに目線で礼を言うと、向こうもうなずいてくれた。


「む、ゴンちゃんずるいぞ! 我もローレットたんと「お父様!」……はい」

「ゴンちゃんいうな……」

 疲れ切った表情でゴンザレスがツッコミを入れていた。腐れ縁という名の運命です。あきらめなさい。


「グラスター辺境伯家を襲った魔物の氾濫についてです」

 わたしが切り出すと、お父様はこれ見よがしに目をそらした。

「……うむ」

「まずは原因ですが」

「原因は彼の地にあったダンジョンから魔物が溢れたことだ」

 食い気味にお父様が言葉をかぶせてくる。

「そうですね」

「魔物の大軍がグラスターの領都を襲い、住民を逃がすために戦った領主以下騎士団が全滅し、領主以下一族が滅亡した」

「ええ」

「……アルバートのことか?」

 アルバートはわたしの世話係として離宮に来ていたけど、一時的に帰省していた時期だった。

「そうです。姉君のディアナ様と一緒に行方不明と聞いております」

「辺境伯の周囲には彼の家の騎士たちとその10倍以上の魔物の骸があったと聞く」

「そして、子息、息女の遺体は見つかっていない」

「……そうだな」

「捜索はした。それでも見つからなかった。生き残った住民は帝都付近で分散して受け入れた、と聞いております」

「その通りだ」

 お父様の表情からは何も読み取れない。全く、見事な鉄面皮ですこと。

 暗殺者の投げた毒が塗られたナイフを額で受け止めて無傷だったというのあながち冗句に聞こえないから怖い。


「では……?」

「ギルバートはギルバートだ」

「どういう意味です?」

 やれやれと肩をすくめるしぐさに否定の意図はなさそうだ。

「あ奴には記憶がない。相応に辛いことがあったのだろう」

「……」

「過去を詮索しても何も変わらぬ。それこそ見たくもないものをほじくり返すことになるぞ?」

「……わかりました」

「うむ、アルバート・グラスターは行方不明だ。そして、ギルバートとは関係ない」

「そういうことにしておきましょう」

 直球で投げ込んだ言葉にお父様が顔をしかめる。

「……そういうことだ。ダリウスとティーナの忘れ形見のことは忘れておらぬ。それでよかろう?」

 ダリウスとティーナは辺境伯夫妻の名前で、ティーナはお父様の妹に当たる方だ。


「で、お願いがあるのですが?」

「おい、何をする気だ?」

「うふふふー、ローレットのお願い。聞いてほしいですわ。パパ」

 にっこりと笑みを向けるとデレッとした顔を見せるお父様。

「ふはははははははは、このパパに任せまくるがよい!」

 デレデレのかおで愉快そうに大笑いして、直後に我に返るお父様。しかし言質は取った。


「では、まず三部に対する待遇改善を。今回あれほどの災害でありながら軽微な被害で済んだことは彼らの功績にほかなりません」

「う、うむ」

「今の彼らに対する不当な扱いを改めましょう。臣下に対する適切な評価はお父様の名声を高めます」

「あ、ああ」

「今回の災害で痛感いたしました。彼らが帝国の土台を担っているのです」

「……そこまで奴らに肩入れする理由は何だ?」

「ギルバートさんが適切に評価されればと思ったのです」

「そうだな。あんな環境に置かれても腐らずに自分の仕事をしっかりとやるとか大したものだ」

「ふぇ!?」

 傲岸不遜を人型にしたらこうなると言われるお父様とも思えない言葉だ。

「いうな。皇帝が軽々しく人をほめると面倒なことになる」

「ああ……人の嫉妬は恐ろしいですからね」

「ちなみに、ローレットたんに危害を加えようとした馬鹿者どもを始末した数は片手の数では足りないぞ?」

「え? じゃあわたしが自分で処理した分を入れると……」

「なにっ!?」

 とりあえずここでこの話題は終わらせることにした。いろいろとまずいことが出てきそうだったので。


「ふふ、もはや子ども扱いはできぬな」

「いえ、わたしはまだまだ未熟です」

「自分の未熟さを知ることが大人への第一歩だな」

「ああ、そういう意味でしたらそうですね。わたし、ギルバートさんに大人にしていただいたのですわ」

「な・ん・だ・と??」

「あ、いえ、そういう意味じゃありませんわ!」

「ぐぬぬぬ」

 その眼光は街のチンピラくらいなら睨み殺しそうな勢いだ。


 その厳めしい表情のままお父様が口を開いた。

「ローレットよ。東のフロンティアに新しいダンジョンが発見された」

「え、え?」

「極秘情報だ。わかるな?」

「はい。承知いたしました」

「ダンジョンが見つかったとなれば、人の往来が増えようが街道が貧弱に過ぎる。また魔物の氾濫が起きると防御施設がない」

「……なるほど」

「大学を卒業した後はお前に巡察士の肩書を与える。辺境を見て回って帝国の発展に寄与する情報を集めてくるのだ」

「勅命、謹んでお受けいたします」

 お父様は厳かに頷くと、目線を私の背後に向けた。

「……ゴンザレスよ。ローレットを頼む」

「はっ!」

「悪い虫を近づけぬようにな」

「そっちかよ!」

 ゴンザレスは地団太を踏んでツッコミを入れるのだった。

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