報告

 帰りに歩哨小屋によって、街道の開通を伝えた。

 周辺にはダンジョン方面に向かう旅人や商人がいて、情報に沸き立つ。


「ありがとうございます!」

 彼の兵士は晴れやかな笑顔で礼を言ってきた。

 だからあえてこう告げることにした。

「お礼ならギルバートさんに言っておいて。あの人、倒れるまで魔法使ってたから……」

「えっ!?」

「みんなも聞いて、今回の街道復旧がすぐに終わったのは第三部の功績です!」

 その一言でさらに場が沸き立った。


「うん、彼らにはいつも世話になっていますからね」

「ギルバートさんでしょ? あの人はいつもしっかりと仕事をしているから」

「今度ギルドに差し入れに行こうぜ」

「ああ、そうだな」

 彼らの表情に驚きはなく、むしろ納得している風情だった。


 彼らの名誉を回復しなければと思っていた。けど、真実はすでに名もなき民人の中にあった。

 彼らをごくつぶし呼ばわりしていたのは貴族やギルドの上位者だったことを思い出して苦々しい気分になる。

 彼らの言葉を真に受けて、第三部の働きを見ようとしなかったことは間違いなくわたしの落ち度だ。

 ギルバートさんに会ってから、いろいろなことを学んだ気がした。


 街道開通の知らせをもって帝都に入る。すでにいくつかのルートで情報はもたらされており、わたしの報告もいくつかのルートそのうちの一つだったが、わたしの身分もあって確度の高い情報とされた。


 城に入ると、迎えの騎士が来ていた。

「姫、お帰りなさいませ」

「うん、ご苦労様。ゴンザレス」

「陛下がお呼びです」

「身支度を整える時間を頂くと伝えてくれる?」

「かしこまりました」

 

 自室に戻って服を脱ぎ捨てた。窓を開けて風を起こし髪の中に入り込んだ砂埃を払い、薄く水の膜を張り巡らせその中を通る。汗が流れて気持ち良い。


 ちなみにわたしの属性は全属性(オールマイティ)だ。すべての属性魔法を「それなり」に使える。かわりに飛びぬけて強い属性はない。

 普通の魔法使いは一つか、いいところ二つの属性を扱えるのが普通だ。

 だからこの才能はすごく重宝された。帝室の広告として。


 身支度を終えて部屋を出ると、ゴンザレス率いる小隊がわたしの周囲を固める。

「……ありがと」

「職務ゆえに」

「それでもよ」

 普段は厳めしい表情を崩さないゴンザレスの口元が少し緩んだ気がした。


「……隊長。耳が真っ赤です」

 空気を読まないゴンザレスの副官がツッコミを入れ、彼はゴンザレスの裏拳を食らって沈んだ。

 

「ローレット、参りました」

 謁見の間の門衛に告げると、門衛の一人が扉の中心にある紋章に触れて魔力を流す。

 魔法仕掛けのからくりが動いて、扉が重厚な音を立てて開いていった。

 扉が開ききったところで、ゴンザレスが先頭に立って謁見の間に踏み入る。

 5歩進んだところで、彼が脇に控えたのを確認してわたしも謁見の間に入った。


 玉座には眉間にしわを寄せた当代皇帝たるわが父、リチャード2世が鎮座していた。

 目を合わせないように進む先のじゅうたんを見据え、段差が見えたところで足を止めてひざまずく。


「ローレット、お召しに従い参りました」

「うむ、楽にせよ」

 父が手を振ると、玉座の脇に控えていた近衛と、ゴンザレスの部下たちが退出していく。ゴンザレスは残る。これはいつものことで、彼に対するお父様の信頼は厚い。


 それとは別に柱の影や天井付近には「影」と呼ばれる隠密が控えている。しかし彼らは誓約魔法で縛られているので、任務中のことを他言することはない。


「さて、ローレットよ。報告を聞こう」

「はい、ホープサムのダンジョンに向かう北の街道の崩落ですが……」

 わたしは状況の報告と、ギルド職員であるギルバートさんの異常な魔法について話した。

「ああ、あいつだな。全く、自重しろと何度言ったことか……」

「ご存じでしたか」

「特級魔導士を知らぬでは皇帝など勤まるまいよ」

「おっしゃる通りです」

「で、報告はここまでか?」

「はっ、父上」

 その一言で父の雰囲気が変わった。しまった!?

「その呼び方は違うであろう?」

「はっ、申し訳ございません。陛下」

「違う!」

 謁見の間に響き渡る声。怒鳴っているわけでなく、それでいて耳に残る。支配者の威厳に満ち溢れた声。

 思わず立ちすくむわたしを見て、父上、皇帝陛下はその相好を崩した。


「パパだ」

 その一言に頭痛を覚えてこめかみを押さえる。

「お戯れを……」

「……パパって呼ぶまで返事はしないからな」

 表情は険しい。報告を聞いていた時よりもだ。

「……陛下」

「パパ!」

 ふと横を見ると頭を抱えているゴンザレスがいた。

「ゴンちゃんからも言ってやって! ローレットたんは反抗期なのかな?」

 はーーーーーーーーっと長いため息をついてゴンザレスが視線を前に向ける。

「陛下。年頃の娘は難しいものです」

「むむむ、ではどうしたらいい?」

「殿下ももう18です。相応の扱いをすべきかと」

「成年相当の、ということだな?」

「はっ」

「いやだ! ローレットたんは嫁には出さないぞ! パパと結婚するって約束したんだからな!」

 全力でたわごとを放つ父上に、先日見たギルド職員の手並みを再現してみることにした。

 大口を開けて喚き散らす父の口に、ギルバートさんからもらったマナポーションの丸薬を投げ込んだ。


「んがっ!? ぐぐっ!?」

 口に入り込んだ丸薬に目を白黒させる父上。いっそのどに詰まらせて逝ってくれないかしら……。

「姫、さすがにそれは……」

「ああ、そうね。さすがに急すぎるし兄上がアレですし、ねえ」

 悶絶しつつも丸薬をかみ砕き、吐き出そうとするところに追撃を入れておくことにした。

「あ、父上。まさか愛する娘からの差し入れを吐き出したりしませんわよね?」

 涙目でポーションを飲み下す姿に、ゴンザレスが祈りをささげていた。父上の顔色は若干紫っぽくなっていた。

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