追憶
「さっき名乗っただろう? 魔法ギルド第三部所属魔導士のギルバートだ」
ギルバート……? 歩哨小屋の彼が言ってた名前だ。
というかなんでこれほどの魔導士が第三部にいるの?
名前を名乗ったとき、少し反応があった。とっさだったので本名を名乗ってしまったけど、素性がばれてしまったかしら? それでもこの人は信頼できると思った。
「ま、何とかするさ」
そう言って彼は右手だけで器用に陣を描く。土属性のクリスタルを砕いた粉で、なにがしかの儀式魔法を使うのだと想像は付いた。
真剣な横顔を見ていると、どうしても記憶の中にある「兄」の顔とだぶってしまう。
その「兄」は血のつながった兄ではなく、わたしが生まれてから過ごしていた離宮に世話係として来ていた貴族子弟の一人だった。
今なら思うのは、ふつうそういった場合は同年代の女の子が来るものじゃないか、ということで、もちろん学友候補としての女の子もいたけれど、少し年上の男の子が何人かいた。
要するに、未来の結婚相手、ということなのでしょう。
皇帝家とつながりを持つことで互いに利益のある家はいくつか考えられる。貴族家の方でも皇女が嫁いで来るとなれば大きな利があった。
そんな中で、わたしが懐いたのはとある辺境伯家の長男だった。
彼は優しくて、少年にありがちな粗暴なところがなく、そして魔法が使えなかった。
「大地の精霊よ、我が召喚に応じよ。わが名はギルバート。盟約に基づきその行使を求めん」
精霊召喚のオーソドックスな呪文だ。土属性の精霊ならば確かに現状を打開できるかもしれない。
この危機の中で実に冷静な判断だ、と思った。
焦りや動揺は集中を乱す。そうなれば魔法の失敗や時には暴走を招く。故に魔導士たるもの、常に冷静にいなさいとマーリン先生は常々そう言っていた。
そう、常にクールにって言い聞かせておいたのが功を奏したのか、何とか悲鳴を噛み殺すことに成功した。
なんだこのかわいい生物は。わななきが止まらない。
「……かわいい……」
ギルバートさんはこの生き物をベフィモスと呼んでいた。おそらく幼生体なのだろう。
はうあ!? お手をしている。わたしも……わたしもしたい!
そこからは圧巻だった。ベフィモスを媒介に土砂に大穴をあけて脱出した。この時点でわたしの安全は確保された。
異常だったのは……一つの魔法。
「還元(リデュケーション)」
確かに核を用いて属性を強化する方法はよく見かける。小石を核にして礫の魔法を使うような感じだ。
いまギルバートさんが使ったのはその逆。
物質をエーテルに還元した。
理論上は可能とされているがこれまでそれを実践したものはいない。仮にそれができるなら、永続的に魔法を使うことができると言われていた。手近な物質をエーテルに還元して、魔法を放てばいいのだ。
身体の外にあるエーテルを使って魔法を放つ方法は確立されている。媒介となる発動体を用いればいい。
ギルバートさんの魔法を見ながら、わたしは様々な方法が頭をよぎっていた。
崩れ落ちた土砂と岩は見るまに消えていく。土砂から還元されたエーテルはそのまま無数の礫となり、壁面を覆い整地された。
ギルバートさんの手から斜面に草の種がまかれると、見る見るうちに斜面は草に覆われていく。
あまりに幻想的な光景に、わたしは言葉を失っていた。
「こんなもんでいかがですか? お嬢さん」
笑みを浮かべる表情は記憶の彼方の彼に重なった。
そのことに驚きを覚える。他人の空似に違いない。だって……彼は……。
呆然としていたわたしが我に返ったのは、目の前にふさふさの毛皮が見えたからだ。黒くてつやつやの毛並み。ペロッと頬を舐められる。
「きゃわああああああああああああ!」
もふもふを抱きしめて頬ずりをしていると、ギルバートさんがいきなり倒れた。
そういえば、マナポーションの丸薬を何度もかみ砕いていた。それは魔力欠乏になりかけていたのを無理やり回復させていたのではないのか?
「だれか!」
周囲を見渡すけど人の気配はない。それでも誰かいないかと呼びかけると……。
「はい」
「うぇっ!?」
まさか返事があるとは思わなかった。
「わたしはローリエと言います。ギルバートさんの……まあ、同僚です」
「え? そうなんですか?」
「なのです。ギルバートさんの足を引っ張る暴走ブチ切れ娘はとっとと立ち去るがいいのです」
「はあ!?」
あまりの暴言に再び志向が止まる。
しかもいつの間にかギルバートさんを肩に担ぎあげて歩き出している。
帝国軍の先遣隊の陣につくと彼女は彼らと顔見知りのようで、簡単な挨拶をするとそのまま中に入って行った。
わたしは体調らしき人物を捕まえると、身分を明かし協力を要請する。
まずは、荷止めされている馬車から荷物を回収し、歩哨小屋の兵士に届けてもらうこと。
そして、ギルドに身分照会を依頼した。魔法通信ですぐに結果が返ってくる。彼ら二人は間違いなくギルドの人間だと。
そしてギルバートさんについても確認した。数年前、帝都で保護された孤児の一人で、孤児院から魔法大学に進学した、となっている。
彼が保護された年、わたしにとって忘れられない事件があった年だった。
丸2日眠り続けてギルバートさんは目を覚ました。
いろんな意味で目を離せない人物となった彼に、今後のコネをつなぐため母様の形見のハンカチを渡した。
ミスリルの糸で刺繍がされていて、偽造はできない。故に身分を証明するものとしては最上位だ。そもそもお父様からお母様に贈られた品であるので……皇帝家の紋章が入っている。そういうことだ。
わたしはそのまま彼らに別れを告げた。お父様に確かめないといけないことができたからだ。
借り受けた軍馬にまたがり、一路帝都へと走り出した。
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