築城訓練

「傾注!」

 ゴンザレスのオッサンが声を張り上げる。真横にいる俺の耳がキーンとか言いそうな大声だった。


「さて、訓練を開始します。内容は……」

 ゴクリと固唾を呑んで俺の言葉を待つゴンザレス隊の面々。というか、俺もその部隊に組み込まれてるっていうのは何かの冗談じゃないだろうか?

 ギルドからはクリフが派遣されてきた。俺の助手を務めてくれるそうだ。


「ギルバートさん、よろしくお願いします!」

 クリフは今日も好青年だった。


「砦を築きます」

「は!?」

 うん、真っ先に疑問の声をあげるとかさすが隊長だ。先陣を切るタイプだなお前?


 帝都の東門から先はなんとか伯爵領で、さらにその先には小さな境目の砦がある。今回の街道の改修には、まず物流を増やすための拡張と、境目の砦の先にある河を渡るための橋の強化だ。

 砦の拡張と物資集積基地の建築も入っている。

 ただし、このゴンザレス隊の面々、200名でも人員は不足だ。臨時雇いをある程度訓練したらどんどんと前線に送り込んでもらう手はずになっている。

 同時に、大量の人間は同時に大量の物資を消費する。

 昔どっかの王様が10万の兵を揚げて遠征した。10万の兵の食料も確保した。それでも前線に届いた荷馬車は空っぽだった。

 輸送隊がその物資を使い切ってしまったわけだ。

 そんな間抜けなことにならない様に街道沿いにいくつかの物資集積拠点を作っていく。

 そんな工事について学ぶには、まずここで砦を築くのが一番手っ取り早い、と思ったわけだ。


 下準備としてギルドの技術者が図面から砦の区画を決めた。外縁部の城壁、兵の居住区、物資集積倉庫、防御施設、城門。

 堀切も作らないとな。掘り下げた分を積み上げて土塁にすればいい。


「まずは整地します。石を取り除き地面を固めます」

 ずらっと横一列に並ばせて大きめの石を拾う。その後ろからは地面を叩いて均す隊が続く。

 一筆書きをするように敷地内をぐるっと一回りした。

 ギルド職員が仕上げをしていくと綺麗にならされた敷地が完成していく。


「よし、ここからは手分けしていきます。まずは1~5班、外周に沿って堀を作ります」

 スコップを渡される兵たちはローレット殿下の目があると、ひたすら張り切っていた。どこまで持つかねえ?


「クリフ、杭打ちを仕切ってくれるか?」

「はい! ……6~10班の皆さん。こちらに来てください!」

 建物の柱を立てる場所にあらかじめ杭を打ち込んでおく。同時に魔法陣の起点として魔法防御の機構とする。

 打ち込んだ杭は建物の要となると同時に守りの要にもなるわけだ。


「うりゃあ!」

 地面に向かってスコップを突き出す。あーあー、あれじゃ刺さらんぞ。

 硬い地面に四苦八苦する兵たち。ゴンザレスのオッサンは人並み外れたパワーでなんとかやってるみたいだが、ほかの連中は苦労してるようだ。

 ……助け船を出すかね。


「ギルドのスコップは魔道具になっていてな。魔力を通すんだ。こう……ディグ!」

 魔力を通したスコップの切っ先が輝き、土属性の魔力が放出される。

 地面に浸透した魔力はそのまま呪文によって決められた方向性で発動し……ごばっと地面が弾けた。

 断続的に噴火するように地面が爆発し、堀の予定範囲ぴったりの位置で止まる。

 耕されたような状態になっているのですっとスコップが通った。


「こうやれば簡単に地面を掘り返せますよ」

「「できるかあああああああああああああああああああ!!」」

 兵たちの叫びは周囲に響いた。


「えーっと、ギルバートさん。あれはわたしにも無理です」

「なんですとぅ!?」

 ローレット殿下のツッコミに驚いてしまった。

「えーっと、そうですね。こうしたらいいのかな?」

 殿下は膝をつくと地面に魔力を流し込む。

「アップドラフト」

 上昇気流? なるほど、土の粒子の隙間を通してわずかな空気を送り込んで、一気にそれを膨張させたのか。

 ばふーーーーんと派手に地面が爆発し、もうもうと土煙が立ち込める。

 柔らかく解した土砂は上空に巻き上げられたが、上空で斜めに展開した風の結界で方向を変えられる。

 土砂は堀の内側にどさどさと詰みあがっていく。


「お見事」

「うふふー、この前の事件からわたしも勉強したんですよ。土魔法」

「いや、さすがですね」

 実際、内心は舌を巻いていた。全部の属性を使いこなすというのは伊達じゃない。それに、魔力波長の制御も同時にこなしている。

 魔力操作に関してはすでに一流と言っていいレベルだった。


「あとは、経験を積んで常に適切に術を制御できれば……先は長いですね」

 キリッと表情を引き締めてつぶやく姿は慢心のかけらもない。

「いやいや。すでにそこらの駆け出しじゃ相手になりませんね」

 だから少し褒めてみた。

「ふふ、ありがとうございます」

 お互い顔を見合わせて笑みを交わす和やかな時間が流れる。


 ふと気づくとジトっとした目線が突き刺さっていた。

 先ほどのローレット殿下の魔法は見事に工事中の兵を巻き込んでいたのだ。

 汗だくになった状態にバフンと土煙を浴びせかけられ、泥人形のような有様になっていた。


「えーっと……ごめんなさい! 恵みの雨よ、降り注げ! スコール!」

 初級の水魔法が彼らに降り注ぐ。口調は慌てていたがうまく制御してダメージにならないように調整しているあたりさすがだ。

 頭から水をかぶって泥を洗い流した兵たちは苦笑いを浮かべている。

 要するにこういったちょっとしたミスはよくあるのだろう。


 一人前の道のりは遠い。そうつぶやく当たり自覚症状はあるようだ。

 であれば、そう遠くないうちに何らかの解決策を自分で見つけるだろう。


 こうして、同じような作業を繰り返し、四方の堀と城壁の土台は完成した。


「えーっと、普通は砦って1000人単位の人間動員してひと月位かけて作る者じゃなかったっけか?」

 作業の進捗を見てゴンザレスがぼやいている。

「まあ、それであってる。土木魔法をうまく使えば工期の短縮が可能ってことだ」

「いや、なんというか短縮するにもほどがあるだろ……」

 ギルドのベテランならこの程度の砦は3日で完成させる。何しろ予算がないうえに仕事は次から次へとやってくる。

 いかに効率よく作業をこなすかを突き詰めていった結果だ。


 しかし、俺たちの知らない間に、どうもうちのギルドの技術力は常識外れレベルに達していたようだ。やれやれ。予算がないというのも時にはいい方に働くこともあるんだな。

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