叙任

「勅命である。陛下のお言葉をお伝えします」

 勅使となればさすがに座り込んだままでいることはできない。

 跪いて威儀を正し、ローレット嬢の言葉を聞くことにした。

 普段飲んだくれているガンドルフもさすがに神妙な姿勢だ。あと身分的にはただの受付嬢のはずのローリエもしっかりとした姿だ。


「はっ!」

 代表してガンドルフが答えを返す。

 ローレット嬢は緊張した面持ちで、手にした書類に目を走らせる。


「魔法ギルド第三部マスターガンドルフ。貴公には東方植民地への街道の改修を命ずる。貴公の最も信頼する部下を派遣し、早急に着手することを望む」

「はっ、御意のままに!」

「なお、勅使たる皇女ローレットを責任者とし、計画の遂行を行う」

「はあ!?」

 思わず叫んでしまった。さすがに冷たい視線を浴びてしまい、首をすくめる。


「続けてよろしいですか?」

「はっ、失礼いたしました」

「はい」

 ここまでは事前情報通りの内容だ。ただ、このお嬢ちゃんが工事現場を取り仕切れるかっていうとそんなわけがない。お飾りなんだろう。

 そして、最も信頼する部下ってのが……俺のことなんだろう。

 要するに身分の高いお嬢ちゃんのお守りを押し付けられるってわけだ。


「さて、今まで不当な評価を与えてきたことを皇帝の名において謝罪する」

 は? いまなんつった? 謝罪!?

 あまりの言葉にガンドルフもポカーンとしていた。

 しかし本題はどうやら次の言葉にあったようだ。


「先日の街道の修復に功のあったギルド職員、ギルバートに騎士爵を与え、インペリアルガードの称号を授与する」

「んだと!?」

 再び立ち上がって叫ぶ。今度はその無礼もシレっと流し、そのまま勅諚を読み上げる。


「騎士・ギルバート卿には、皇女ローレットの護衛の任を与え、同時にその職務遂行に適切な助言を与えることを期待する」

 うん、ローレット……殿下の表情が素晴らしく明るい。


「うふふふふふふ、お父様、さすがです!」

 すっとローリアが立ち上がる。軽く右手を振ると袖からダガーが現れ、ぐっと膝に力を溜める。


「待て、早まるな!」

「ギルバートさんどいて、そいつ殺せない」

 ローリアがダガーを構えて突進しようとした。俺は間に割って入ってローリアの右手をつかんで食い止める。

「さすがわたしの騎士様。わたしを身を挺して守ってくれるのね!」

「うるっさいわ色ボケ娘! 沸いたこと考えてる暇あったら自分の身は自分で守れ」

「はあ!? 身を挺して守ってくれる騎士様にあこがれるのは女子の嗜みよ! わたしを含めたすべての女性に謝れ!」

「しっるっかああああああああああああああああ! いい加減にしやがれボケがあああああああああああああ!」

「はっ! たしかに!」

 ローレットの言葉にローリエが何かに目覚める。

「貴女は敵だけど、その気持ちはわかるわ!」

「ふふん、そうでしょ?」

「ええ!」

 なぜかガシッと手を取り合う二人。

 あまりのカオスに頭を抱えていると、ローリエが俺の腕にギュッとしがみつき、さらに阿呆なことを口走った。

「ギルバートさん……わたしのこと、守ってくれますよね?」

「……俺より強い奴を守れってか?」

 さすがに余裕がなくて、ローリエの寝言にマジレスしてしまう。


 ごきんと肩から鈍い音がした。べきっと肘から嫌な音がした。おそるおそるローリエがしがみついていた腕を見ると……ブラーんと垂れ下がっている。

「うぎょわあああああああああああああああああああああああ!!」

「ふん、乙女心を理解しないギルバートさんにはお仕置きです」

 頬を膨らませながらすねるローリエは、事情を知らないやつが見たら可愛らしい美少女なんだろうな。

 無表情で人間の関節を外さなきゃな。


 さすがに見かねたのか、腕はガンドルフが治してくれた。

「ギルバート、まああれだ。口は災いの角、だぞ」

「すんませんおやっさん……」

「がははははははは! 俺も若いころは色々あったんだぜ?」

「そうですね、今となっては奥さんの座布団が板について……」

「うるっさいわボケぇ!」

 ガンドルフの右フックが俺の脇腹に突き刺さり、俺は再び悶絶する羽目になった。

 ちなみに、ガンドルフには二人の妻と8人の子供たちが居る。子供にじゃれつかれて相好を崩す姿は確かにギルドメンバーには見せられたもんじゃない。


「コホン」

 カオスな時間を何とか乗り切り、なぜか仲良くなったローレット殿下とローリエ。

「えーと……ギルド予算の見直しを実施されました。予算は……」

「んだとお!?」

 今度はガンドルフが絶叫する。これまでの予算の10倍の金額がそこに記されていたのだ。

「……夢?」

 同じくローリエがつぶやき、ガンドルフのひげをわしづかみにして思い切り引っ張った。

 ぶちぶちっと嫌な音がして、ガンドルフが悶絶する。

「痛そうにしてる……夢じゃない」

「ふつうそういうのは自分のほっぺたつねったりしませんかねえ!?」

「だってわたしはギルバートさんのd「待てこらああああ!」」

「……浮気者」

 ローレット殿下の物言いにさすがにイラっとして、その顔面をつかむとじわじわと力を込めていく。

「ああん?」

「え、ちょっと待って。まだ心の準備が……え? あれ? なんかこめかみがミシミシ言ってるんですけど……?」

「砕け散れ」

「いやあああああああああ! やめてえええええええええええええええ!」


 やれやれ、いまさらいらないって言えないんだろうなあ。爵位とか地位とか。そもそも先にギルドの財布を押さえられてるしなあ。

 俺がいらんとか言ったら、じゃあなかったことにってされたらたまらん。


 目の前でアイアンクローにかけられて叫ぶローレットと、何やら漫才をしているガンドルフとローリエを横目で見て、改めてため息をつくのだった。

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