皇女ローレット

 わたしはローレット。現皇帝の末子として生まれた。まあ、公式には認められてない弟とか妹が出てきても驚かない。

 帝室を継続するというのは綺麗ごとじゃすまないし、国の危機となれば真っ先に命を懸けないといけない立場だ。

 その定めと引き換えに何不自由ない生活を保障されている。そんなものだ。


 わたしには魔法の才能があった。皇帝の娘という立場なしで特待生として大学に入学できたくらいの。

 順調に魔法学を修め、大学の最高権威と言われるマーリン先生に師事することができたのは血のにじむような努力の結果だと思っている。

 学科や実技だけでなく、独自の才能や技能が求められることがその理由だ。自分の得意とする技術に徹底的に磨きをかけた。

 緻密かつ正確な魔力制御とそれを高速で展開することによる高速詠唱と詠唱省略だ。

 

「君の努力に敬意を表するよ」

「ありがとうございます! 先生」

 エルフの賢者は穏やかな表情でわたしのレポートを評価した。

「ふふ、僕としては君にそのまま研究職として残ってもらいたいんだけどね。そうはいかないね……」

「はい。残念ではありますが、学校で身に着けた力を民のために振るうのがわたしの使命だと思っております」

「ご立派です。となれば前線に立つことにもなるでしょう」

「はい、覚悟しています」

「で、あれば一つだけ。君の性格は性急に過ぎるきらいがあります。状況を冷静に見極めるすべを考えなさい」

「冷静に……ですか」

「そう。君が単独で戦場に立つことは身分上あり得ない。で、あれば君の判断一つで君に付き従う騎士や兵たちを危険にさらすことになりかねません」

「それは……戦場に立つ以上は危険はつきものでは?」

「それはその通りです。ただ、判断を誤ることで無用なリスクを負いかねない。そういうことです」

「……わかりました。これまでのご指導に感謝します」

「いえいえ、君はすごく優秀な生徒でした。師としての苦労はないに等しかった」

「ありがとうございます」

「ふふ、頑張ってください」

「はい!」

「では、改めて。ローレット、君に第二階梯を授与する。その力を正しきことに振るってくださいね」

「帝国と、父と、師に誓います」

「おやおや、ずいぶんと僕を持ち上げてくれるものだ」

 マーリン先生のとぼけた言葉に思わず笑いが込み上げて吹き出してしまった。

 


 卒業までは半年ある。わたしはお忍びで旅に出ることにした。帝室に伝わる魔剣ティルフィングがあれば、よほど高位の魔物でない限り太刀打ちできないことはない。

 さすがにそんな魔物がいるような場所に行くつもりはないしちょっとしたモラトリアムを楽しむだけのつもりだった。


 帝都を出て街道を歩く。魔石鉱山として有名なホープサムのダンジョンを見てみるつもりだった。

 すれ違う旅人やわたしを追い抜いて行く荷馬車。空は晴れわたり風は穏やかだった。



 通りがかりの歩哨小屋でわたしは若い兵に呼び止められた。


「お嬢さん、小屋で休んでいくことをお勧めします」

「それはどうして?」

「ほら、あちらの空を見てください。黒い靄みたいなものが見えるでしょう?」

「……そうね、あれがどうしたの?」

「かなり濃い雨雲です。遠からず大雨になりますよ」

「なるほどね」

 水のエーテルが増大していることが感じられる。と言っても言われないと気付かないほどではあったけど。

 それからほどなく雨が降り始め、すさまじい土砂降りとなったのだ。


 歩哨小屋にとどまってすでに3日たつ。小屋の屋根を叩く雨音は激しく、いつ降りやむのかは全くわからなかった。

 雨が止んだのはそれから2日後だった。空を覆う真っ黒な雲は去り、数日前までの抜けるような青空がわたしの頭上に広がっている。


「お世話になりました。ありがとう」

「いえいえ、それが我々の職務です」

「ねえ、なぜ雨が降るってわかったの」

「ああ、ギルドの方に教わったんですよ」

「へえ。どんな人なの?」

「そうですねえ。ギルド三部所属と聞いてますが、親切で詰め所の屋根の雨漏りを直してくれたりしますね」

「あら、雨漏りしてたらわたしも困ってたわね。またその方がいらっしゃったらお礼を言っておいて」

「はい! ギルバートさんに伝えておきますよ」

「よろしくね」


 ホープサム方面に進むと、徐々に人が増えてきた。ただ、それは良い意味ではなく、街道が土砂崩れでふさがったことによるらしい。

 山を切り開いて作られたこの道は、谷間のような地形を通る場所がある。斜面のてっぺん付近が崩れて大岩が落下したそうだ。


「まったく。ごくつぶしどもが」

「奴らがしっかりと仕事をしていればこんなことにならなかっただろうに」

「荷が向こうに届かなければ大損だ! だれが責任を取ってくれるんだ!」

 行商人たちの嘆きはわからなくもない。ただ、大雨が降ったことが誰かのせいなのか? だとすれば神にでもならないとこの国を治めることはかなわない。

 だとしても救いの手は差し伸べねばならない。それが統治者としての責務だと思う。


 状況の確認に来ていた兵士にを捕まえ、わかっている限りの話を聞いた。通信魔法を使って帝都にはすでに報告が入っているようだ。

 

 とりあえず今のところ自分が手出しをすべきではないと判断して大雨の間滞在していた歩哨小屋に戻った。

 わたしに親切にしてくれた兵士が目に見えてそわそわとしている。


「こんにちは。どうしたの?」

「あ、こんにちは。大丈夫です」

「そうは見えないわよ?」

 若干顔色の悪い彼を問いただしたところ、土砂崩れで荷が止まってしまい、ホープサム付近で採れる薬草を使った薬の供給が止まってしまったという。

 ほかの場所でも調達は可能だが、帝都を挟んで反対側のため時間がかかる。

 彼の母は持病を持っていて、たまに発作を起こす。その発作を抑えるのに必要だそうだ。

 母を病で亡くしているわたしには他人事には思えなかった。


「薬はあと1回分残っているんで、すぐに命に係わるって話じゃないんですけどね。やっぱり不安で……って、え!?」


 言い終わる前にわたしは走り出していた。彼の静止の声を振り切って。

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