帝国の現状
帝国の成立の後のごたごたは次のような感じだ。
エレスフォード1世が崩御した時、弟だったカイルが独立した。彼は王を名乗り、王国の成立を宣言した。もともと彼は双子の弟で継承権は同位だったと言われている。
さらに皇帝の軍師だったシゲンが皇帝の遺言を盾に独立領を立ち上げた。彼は皇帝に従っていたころから人々の話し合いで国を運営することを主張していた。それを共和制という。
選挙と言って、貴族となるべき人間を民衆が選ぶと言えばいいのか?
そうして共和国が成立した。先にカイルが国の成立を認め、帝国も追認せざるを得なかった。
これがだいたい100年ほど前の話。長命種のエルフなんかはその時に立ち会ってた人もかなりいるので、時のカーテンの向こうってほどの過去じゃない。
以上の経緯で帝国は分裂したんだが……各地に跋扈するモンスターたちとの戦いも熾烈を極めていて、人間同士で争えないってなったんだな。
結局分裂した帝国と、王国と共和国は互いに同盟を結び、仲良くして今に至るってわけだ。
いまのところ人間の国は争っていない。魔物の領域と呼ばれる森とか谷とか、そういった土地に入り込んで魔物を駆逐して解放する。
そうやって人の住む土地を広げていっているわけだ。ダンジョンなんかもそうだが、魔物を駆逐するとダンジョンとしての機能が失われる。ダンジョンの魔物を倒して得られる魔石は魔導機械の動力となっていて、今や不可欠の資源だ。
生活が豊かになるにつれ人口は増える。人の住む領域も拡大する。そうなると必要なものはインフラ、すなわち人の生活に必要な設備だ。
インフラと一言で言ってしまえば簡単だが内容は多岐にわたる。住居、食料を調達するための畑と灌漑施設、物を売却し必要なものを調達する「市場」。そして人と物資を動かすために最重要な設備は、「道」だ。
そして最近、きな臭いうわさが流れてきていた。辺境開拓地で新しいダンジョンが見つかったそうだ。
冒険者たちがこぞって東部辺境に出向いてそのダンジョンに入っている。産出される魔石はかなり上質で、帝国も本腰を入れて開発に乗り出そうとしていた。そんな矢先……。
「東部辺境のに抜ける街道の改修依頼が来る」
ガンドルフはしかめっ面だ。なにしろ、帝都付近の街道や設備の補修で手いっぱいのところに新規事業だ。
先月のがけ崩れの後の補修もまだ中途半端だ。
「受けるんですか?」
「受けざるをえねえ。これを見ろ」
帝国軍の極秘資料の印象が刻まれた封筒だった。
「現物を見せることはできんが……」
ガンドルフの語った内容はこうだ。新しいダンジョンの最深部に太古の魔獣が封じられていたそうだ。
さらに、多数の魔物が封印されていて、場合によってはそれがあふれる可能性がある。
ダンジョンからの魔物の氾濫はこれまでに多大な被害をもたらしていた。
景気がいいということで移民も増えており、東方は活況に沸き立っている。
その状態で魔物の氾濫リスクが知らされたとすると、悪夢のシナリオになるだろう。少なくとも今の好景気はパーだ。
かといって軍を展開しようにも道路は狭い。渓谷にかかっている橋はつり橋だ。
大規模な戦闘を想定した防衛施設もない。
防衛に冒険者をかき集めたとしても守るべき非戦闘員の数を考えたら焼け石に水どころじゃない。
そもそも彼らに集団行動は無理だろう。もともと単独か、多くても10人程度の人数で行動することに最適化されてるからな。
戦闘力の高さはまた別問題だ。
「ギルバート。任せていいか?」
厄介ごとは俺に振っていればいいと思っているガンドルフをぶん殴りたいが、今はまだその時じゃない。とりあえず吹っ掛けてみることにした。
「マナポーション使い放題で」
「1日10個までだ。それ以上はうちの予算が死ぬ」
仕方ない、話を変えよう。
「んー……というか、疑問なんだが」
「なんだ?」
「うちにそんな重要な情報が回ってきたのって初めてでは?」
その一言にギルドメンバーがざわつき始める。
「確かに……」
「今までは命令書だけ飛んできてたもんな」
「うちもついに働きを認められたか?」
「そんなわけねえだろ」
ざわつく雰囲気は会議室の扉をノックする音でぴたりとやんだ。
ドアを開けて顔を出したのはローリエだ。その表情は晴れない。
「マスター、帝国議会より使者が来てます」
「……わかった。ギルバート、お前も来い」
「へ? なんで俺!?」
「現場責任者としてだ」
「へいへい、かしこまりましたっと」
嫌々感を出すためしぶしぶ立ち上がって見せたが、こうなってしまってはこの状況で俺に拒否権はない。
「逃がしませんよ?」
逃げたことはないはずだが、ローリエが俺の左腕をつかむ。
腕に当たる感触は平たんで、そう思った瞬間、俺の指をガシッと極めていた。
「いてててててててててててててててててててて!!!」
「何か言いました?」
「言ってない! というかローリエ! 指の関節はそっちには曲がらない!」
「大丈夫です。曲がるようにして見せますわ」
「ぎえええええええええ!」
そんな俺たちのやり取りを見て、ガンドルフはやれやれと肩をすくめている。
「一生やってろ」
皮肉が通じないローリエは、「もちろんです!」とドヤ顔で応じていた。
俺の指はがっつりと極められていた。
貴賓室の前に着くと、何やら嫌な予感がした。どこかで感じたような魔力のパターンだ。
ガンドルフがドアをノックする。俺は半ば確信に近い感覚で、足に魔力を回す。
「はい」
返答の声を聞いた瞬間、俺は跳躍しようとしてローリエの足払いを食らった。
「うぎゃあ!」
そのまま首根っこをつかまれて貴賓室に連行される。
そこにいたのは予想に過たず、帝国軍の礼服を着たローレット嬢だった。
ソファから立ち上がりガンドルフに一礼すると口上を読み上げ始める。
「第三部マスターガンドルフ卿。本日は勅命を伝えに参りました」
緊張した表情を隠さずにローレットは実にとんでもないことを言い放ったのだった。
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