日常業務
目を覚ますとそこはギルドホールの壁際にあるベンチだった。丁寧に毛布が掛けられている。
「いてててて……」
こめかみに鈍い痛みを感じる。そんな飲み過ぎたっけな?
「おはよう、ギルさん」
「ああ、おはよう。ローリア」
なんとなく彼女の胸元に目が行くが、すぐに引きはがす。
「ん?」
キョトンとした表情でこちらを見てくる。無表情に見えるが、ちょっと目元が緩んでいることがわかるのは、付き合いの長さのなせる業か。
ローリアから受け取った今日の仕事内容に目を通す。
「ふむ、ああ、あの辺は確かにそろそろ補修が必要だったな」
「そうなの。ちょっと手が足りてなくて、2人で行けそう?」
「今日の相棒は誰だ?」
ローリアが差し出してきた書類を見る。
この前ギルドに入ったばかりの新入りだった。
「なんとか行けるだろ」
「うん、いつも無理行ってごめんなさいね」
「何、それが俺の仕事だからな」
詰め所に行くと、必死に図面を読み込む新入りと図面の見方を教えるベテランの姿があった。
「おつかれさん」
俺が入ってくるのを見ると、新入りがガタっと立ち上がって挨拶してくる。
「ギルバートさん! お疲れ様です!」
「おう、熱心だな。今日はよろしく頼む」
「はいっ! 先月ギルドに配属されたクリフです。よろしくお願いします!」
連れだって外に向かう。エントランスから裏口に向かい、用具庫から今日使う道具を取り出す。
「よし、今日使う道具はそろったな?」
「はい!」
「んじゃ行くぞ」
クリフと二人、現場に向けて歩く。今日の仕事は3か所。近場からこなしていくことにした。
「いよっと」
土埃が舞う中でスコップを振るう。と言っても大したことをしているわけじゃない。馬車が何度も通ってえぐれてしまっている道に土をかぶせて固める。
この場所はカーブしていて、馬車などが曲がるとき、片輪に重心がかかる。そのためえぐれやすくなっているのだ。
特にへこみがひどいところを補修ついでに強化していこう。
「んー……」
土を盛った地面に手をあてて魔力を流す。
砂と石は大きさが違うだけで本質的には同じだ。石が砕け、細かくなれば砂となる。
「圧」
一言、呪を紡ぐ。ベースは飛礫の呪文だ。エーテルを土属性で編み上げ、礫として飛ばす。
そこにアレンジを加え、今補修している道の表面の砂を礫に替え、さらにそれを圧縮する。
やろうとすれば一枚の石板のようにできるのだが、表面が滑らかすぎて滑ってしまう。後、雨が降ると水浸しになってしまうのだ。
だから、ひと手間増えるがこうやって小石を組み合わせた後に圧縮してやることで適度な隙間を作ってやる。
こうすれば水はけもいいし、結局耐久性も上がるのだ。
「ええええ……」
俺の魔法を見てクリフが目を見開いていた。普段から閉じたような目つきをしているので、ちょっとびっくりだ。
「どうした?」
「いえ、術式は何とか理解できました」
「ほう?」
単純に見えて一言のキーワードで発動させるこの術は実際それなりに複雑だ。事前に説明していたとはいえ、それを理解できるとかなかなかの逸材ではないか?
「よし、じゃあ、あちら側のへこみはお前やってみろ」
「わかりました!」
クリフはへこんでいる部分に土を盛り、スコップでぺしぺしと叩いて均した。
右手と左手に別々に魔力を集約していく。二重詠唱(ダブルキャスト)ができるのか。大したものだ。
「礫よ!」
右手の魔力を地面に向けて流す。土が固まって小石になる。
「地霊の槌よ!」
パーンと叩きつけられた魔力は先ほど砂利を作った場所にきれいに水平に叩きつけられた。表面はしっかりと均され、同時に砂利を少し砕いて隙間を埋めてある。
「うん、大したもんだ」
「ありがとうございます!」
ただ、若干見積もりが甘い。
俺がクリフの均した場所でどんと足踏みをすると、地面が少しへこんだ。
「あれ!?」
「少し隙間を作りすぎたな。あ、もちろん魔力を使って踏みしめたからへこんだんであって、普通の人間なら十分重さを支えられるぞ」
「は、はい」
「けどな、ここがへこんじまった理由を考えようか?」
「……あ、荷馬車」
「そう、荷物を満載した馬車だ。もう一遍調整してみろ」
「はい!」
クリフがやり直した場所は、同じように踏みしてめてもびくともしなかった。
「そう、それでいい」
「ありがとうございます!」
こうして、何箇所か街道を修繕した後、歩哨小屋に立ち寄る。ここには帝国兵と、ギルドの魔導士が駐留することになっていて、治安維持体制の一環である。
「おつかれっす」
顔見知りの歩哨に声をかけると、何やら困り顔をしていた。
「ああ、お疲れ様です。ギルバートさん」
「うん、なんかあったか?」
「それが、屋根に穴が開いたみたいでね、雨漏りするんですよ」
「オッケー、任せろ」
軽いやり取りだったが、本来ここの管轄は帝国軍だ。ただ、魔物討伐などで余力が少なく、こういった場所は優先順位が低いこともままある。
足に魔力を集め、屋根に飛び上がると、板が一部朽ちていたので応急処置に薄い石板を作ってかぶせた。
「応急処置はしといた。あとで報告上げとくよ」
「いつもすまんね」
「ちと休ませてもらうよ」
「ああ、ゆっくりして行ってくれ」
小屋に入ると、クリフが若干へばっていた。
「現場に出るのは初めてだったか?」
「いえ、マスターと2回ほど……」
「ああ、あのオッサン、なんだかんだ腕は確かだからな」
弁当に持ってきていた保存を利かすためにカチカチに焼き上げたパンをかじる。小屋の飲料水を拝借し、バッグから塩を取り出して舐めた。
クリフも同じようにパンをかじっている。
「クリフ。お前さんほどの魔法の技術があればもっと別の勤め先があったんじゃないか?」
「そうですか? いや、だとしても僕は今の仕事が気に入ってます」
「そうか、まあ頑張ってくれ」
「はい。けどそういうことを言うならギルバートさんは帝国魔法大学を優秀な成績で卒業されてますよね?」
「……そう、だな」
俺の返答にクリフは若干ばつの悪そうな表情を浮かべた。確かに聞かれて愉快は質問じゃないからな。
それにしても顔に出してしまうあたり、まだまだわだかまりは解けてないってことを自覚する羽目になった。
胸に湧き上がる苦い思いと一緒に、コップのぬるい水を飲み下した。
一休みして、帝都の方面に戻ることにした。
城門に向けて歩くと、何やら人だかりができている。どうも馬車が立ち往生しているようだった。
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