緊急依頼

「っちゃー……」

 思わずぼやきの声を上げかけるが、今すべきことはそれじゃない。

 クリフもそこを理解したのか、速足になる俺にぴったりとくっついてきた。


 現地では立ち往生した馬車の周辺に人が集まっていて騒ぎになっている。どうやら石畳が割れてそこに引っかかっているようだ。完全に道がふさがるほどじゃないが、若干交通の妨げになっている。

 やれやれと思いつつ、俺は石畳を修理するため人込みをかき分ける。

「早く何とかするのだ!」

 おそらく荷馬車の持ち主と思われる商人が使用人にわめき散らしている。


「あー、すまんね。土木ギルドのもんです。今修理するんで少々お待ちください」

 クリフも一緒に来て、やじ馬を散らしていた。

「頼む! 何とかしてくれ! 取引の時間に遅れてしまっては信用にかかわるのだ!」

「あー、了解です。すぐに手を打ちますんで」


 経年劣化で脆くなっていた石板が摩耗して割れたのはわかるが、車輪が食い込むほどのへこみができるのはおかしい。

 破壊工作の類か? ってさすがにやることが小さすぎるな。そもそも、これだけ人の往来が多い場所で石畳をはがして穴を掘ってさらに上に戻す。うん、手間のわりに結果がしょぼい。

 益体もない考えを頭から追い出し、クリフに指示を出す。


「クリフ、さっきと同じ要領だ。隙間から砂を流し込んで穴を埋めるんだ」

「はい、やってみます」

 俺は荷物の中から応急修理用の袋を引っ張り出す。さすがにこの状況では悠長にスコップで砂を掘ってきてる場合じゃない。


 魔力で体を強化して馬車を持ち上げる。

「うおおおおおおおおおお!?」

 周囲からどよめきが上がるがそんなことを気にしている場合じゃない。できたわずかな隙間にクリフが砂を流し込む。

 俺は慎重に馬車を降ろした。車輪はまた元通りに凹みにはまる。それを見て馬車の持ち主が落胆した表情を浮かべる。


「そのまま動かせばよいものを……」


 無茶いうな。こんなクソ重たいものを数秒とはいえ持ち上げるのはどんな労力だと思ってやがる。


「いきます!」

 石畳に触れた手から魔力を展開する。すっと目を閉じイメージする姿はいっぱしの魔導士だ。

「礫よ!」

 エーテルの流れをたどると、流し込んだ砂を核にうまく石ころが出来上がっていく。というか、手前の石畳の表層の石板を通してその奥の砂に魔法を発動させるのはかなりの高等技術だ。

 見る見るうちに石畳は下から盛り上がり、水平に戻った。魔力をカットするタイミングも見事なもんだ。

「よくやった!」

 俺が声をかけると、クリフは真っ青な顔をしていた。極度の緊張で魔力を使い切ったのだろう。

 失敗しても俺がフォローするんだがなあ。

 って周囲がやたら騒がしいことに気づく。


「見事な魔法だ!」

 荷馬車の持ち主がもろ手を挙げて称賛している。

「期待の新人なんですよ」

「おお、そうか! で、貴殿らはギルドのどちらに所属されているのだ?」

「俺は第三部土木課所属のギルバート、こっちのへたばってるのがクリフです」

 その一言で雰囲気ががらりと変わった。

「なん、だと!?」

 わなわなと震え、そのあとはーっと息を吐いた。


「……はきだめだと思っていたが、君たちのような者もいるのだな。この礼は必ずする。では、失礼するよ」

 そう言い残して商人は立ち去った。……そういえば名前聞いてなかったな。


 この日は仕事を報告した後、クリフを寮の部屋に放り込んで俺も寝ることにした。やたら疲れた。 


 翌朝、ギルドに顔を出す。クリフは別のメンバーと仕事に出かけたようだ。

 休んだ方がいいと思うんだがなあ。


「はよーす」

「おはよう、ギルさん」

「おう、なんだ?」

 普段よりぺらっと差し出された書類を受け取り目を走らせる。

「ふむ……」


 内容はいつもの通りだ。今日は帝都からダンジョンに向かう街道の補修任務について書かれている。

 ただし、依頼書の頭に「緊急」と記載がなければ、だ。


「ごめんね、ちょっと厄介なの」

 確かに厄介な内容だった。先週降った雨で地盤が緩んでいる。下手に手を出せば、更に被害が拡大しかねない。

 だが、ダンジョンから算出する物資は帝都を支える大事な資源で、その行き来が止まればその影響は計り知れない。


「おう、ギルバート。早いな」

 そこに重役出勤してきたガンドルフがやってきた。俺たちの雰囲気を見て何かを感じ取ったようだ。俺の手元の書類をひったくって顔をしかめる。


「あいつらはなんもわかってねえんだ!」

 書類をくしゃくしゃに丸めると地面にたたきつけた後、咆哮する。

 壁面にかかっていた額縁がピリピリと震えるほどの勢いだ。

 ローリアも顔をしかめて耳をふさいでいる。


「マスター、うるさい、黙って」

「ぐぬ」

 ローリアに無表情でにらまれると、さすがのこわもてガンドルフも怯んだ。

「だがな、危険すぎる!」

「しかし、ホープサムのダンジョンから魔石が届かなきゃ帝都は干上がりますよ?」

「そんなもん自業自得だろうが。バカスカエネルギーを使って、それがどうやって維持されているかすらわからん連中だぞ?」

「ガンドルフ、あんたの気持ちはわかる。って言うか俺も同じだ」

「なら……」

「だけどな、困るのは弱い人間だ。金持ちはいくらでも魔石を買えるだろうよ。多少値上がりしてもな」

「むう……」

「まあ、何とかするって。それが俺の仕事だ」

「ギルさん……かっ……いです……」

 ローリアが目をウルウルさせて俺の方を見ている。大丈夫、俺はこんな現場で死なねえって。


「ワシもいくぞ!」

 ってか緊急ではあるけど、マスターが出張る状況ではない。しかし、いろいろ頭に血が上っているガンドルフを押しとどめるのはなかなかに難しい。

 ローリアが俺を見ている。俺がうなずいた瞬間……ガンドルフの脳天に酒瓶が叩きこまれた。


「ん? 空瓶だよ?」

 そこじゃない。

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