(18)「蔓」Ⅴ

 どうして「わたし」は、こんな場所に立ち尽くしているのだろう。

 雪の降る中、子供達を捜して歩き回っていたはずなのに。

 目的とする廃屋も、ようやく見えて来た所だったと言うのに。

 気が付くと何故か「わたし」は、夜の河原に立っていた。

 小さな女の子が二人、川に向かって石を投げているのが見える。こんな夜中にどうして? と思いながらも、「わたし」の足は自然と彼女達の方へと向いていた。

 一人は白い洋服を着た女の子で、もう一人は対照的に黒い洋服を着ていた。「わたし」に気付くと彼女らは石を投げるのを止め、二人同時にお辞儀をして来た。

「こんにちは! お姉さん、どちらからいらっしゃったんですか?」

「こんにちは! お姉さん、これからどちらに行かれるんですか?」

 全く同時に、正反対の質問が飛び出して来る。どちらを先に答えたら良いか、「わたし」は少し考えて、

「こんにちは。わたし、家から街外れの廃屋に向かって走っていたはずなんですけど、いつの間にかこんな所に来てしまいました。良かったら教えて頂きたいのですけど、ここは一体どこですか?」

 と、どちらに対しても失礼にならないよう、注意しながら答えた。すると二人は、全く同時に「ふむふむ」と考え込むような素振りを見せてから。

「ここですか? ここは賽の河原です!」

 なんて、これまた同時に、朗らかな笑みを浮かべ元気良く答えて来た。

「………」

 それで分かった。「わたし」は、夢を見ているのだと。そうでなければあまりにも、非現実的過ぎる映像だ。幾ら「観察者の眼」とは言っても、このような可笑しなモノまで見せたりはしないだろう。

「ああそうだお姉さん、もし良かったら石投げに挑戦してみませんか?」

「見事向こう岸まで渡り切ることができましたら、もれなく天国行きのチケットを差し上げますよ? 如何ですか?」

 そう言って、二人は同時に小石を差し出して来る。白い小石と黒い小石、それら二つを受け取り、「わたし」は川の向こう側に目を遣った。石投げなんて久し振りだ。元々あまり得意じゃなかったけど、果たして届くだろうか。

「頑張れー、お姉さん!」

「ふぁいと、ふぁいとっ、お姉さん!」

 二人の声援を耳にしながら、「わたし」は大きく振りかぶり──。

「ねえ。もし届かなかったら、どうなるのかな?」

 ふと、気になったことを尋ねてみた。途端、二人の身体がビクリと震える。

「え、ええええと」

「そ、それはですねえええ」

 慌てて説明しようとする二人だったが、咄嗟に上手い言葉が見つからなかったようだ。もごもごと口篭る二人。そんな二人に助け舟を出そうと、「わたし」は思いついたことを言ってみることにする。

「もしかして……地獄に落とされる、のかな?」

 そう言った、瞬間に。

 辺りは、真っ暗い闇に包み込まれてしまった。


 白い洋服を着た女の子が、白い檻の中に閉じ込められているのが見える。

 黒い洋服を着た女の子が、何人もの男の人達に襲われているのが見える。

 どちらも、手を伸ばせば届きそうな位直ぐ近くで起こっていて。

 だけど、幾ら手を伸ばしても、「わたし」の手が彼女達に届くことは無かった。いや、仮に届いたとして、一体「わたし」に何が出来るというのだろう。「わたし」に出来ることなんて、たかが知れている。そうだ、彼女達の身代わりになること位しか、「わたし」には──。


「そう、だったら」

「あたし達の代わりに、苦しんでよお姉ちゃん」


 いつの間にか、二人の顔は。

 「わたし」の見知った、二人の女性のものへと変化していた。


 ……夢。そうだ、こんなモノは夢に決まっている。

 よりによってあの二人が、こんな辛い目に遭って来た、だなんて。

 そんなこと、嘘に決まっている。

 悪夢は、消えろ。

 こんなモノを悠長に見せられている場合ではないのだ。

 「わたし」には為すべきことがあって、それにはもう、時間が無いのだから。


 消えろ、消えろ。何もかも、消えてなくなれ──!


「そう、だったら」

「『現実』を見せてあげるよ、お姉ちゃん」


 次の瞬間。


 瑞希が、

 飛鳥が、

 あの二人が、

 「わたし」の目の前で、バラバラになって崩れ落ちた。


「………」


 気が付くと、廃屋の前に立っていた。

 もう、瑞希も飛鳥も、白と黒の服を来た少女達の姿も無い。

 そうだ、寒空の下ただ一人立ち尽くしている、今のこの瞬間こそが「わたし」にとっての現実だ。それ以外は全て幻、最早惑わされたりはしない。だから──。

「……もう二度と、あんなモノを見ることは、無い」

 たとえ、この扉の向こうにどのような悲惨な現実が待ち受けていようとも。たとえそこに、夢の中と同じような光景が繰り広げられていたとしても。


 「わたし」のこの手は、必ず彼女達に届けてみせる。


「そうだよね、クロちゃん。わたし達、まだ諦めるには早過ぎる、よね」


 そうだ、この目で見届けるまでは。

 そうだ、「わたし」に出来得る、全てのことをやり遂げ終えるその時までは。

 「わたし」は、決して立ち止まる訳にはいかないのだ。

 こんな所で、つまづいている場合じゃない。


 木製の扉は、押すと簡単に開いてくれた。出来るだけ音を立てないよう、出来た隙間に「わたし」は身体を滑り込ませる。

 闇の中、きょろきょろと辺りを見回す。奥へと続く扉が一つ。他には何も無い。がらんとした空間の中、「わたし」は独り佇んでいた。武器になりそうなモノは……無いか。仕方なく、入り口の戸を壊して即席の武器を作った。武器と言っても、ただの板切れだが。それでも、何も無いよりは大分マシだろう。

 ──よし。奥に進もう。

 先程見た映像の通りなら、この先には白衣を着た男達が数人、待ち構えているはずだ。「わたし」は、彼らの手から子供達を救い出さなければならない。そしてその後、愛美ちゃんにクロちゃんを返すんだ。


「………」


 ノブを回し、静かに開く。

 その瞬間、ムッとする血の臭いが鼻につき。

 部屋中に撒き散らかされた死体の、あまりの多さに一瞬目を奪われた。

 そして。惨劇の中独り佇む、白き天使の場違いな美しさに。


「あす、か」


 どうも、それがいけなかったらしい。


 後頭部に響く、鈍い衝撃。

 運が悪ければ死ぬかも知れない、そんな程度の痛みと共に。

 「わたし」は頭から、死体の海に突っ伏していた。


 そんな。

 まさか、敵が外に居ただなんて。

 そんなこと、全く、想定すらしていなかっ、た──。

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