第5話 ダメ人間が改心するのは死亡フラグだ。
あれから2ヵ月が過ぎた。彼女もだいぶ人間界に馴れてきたらしい。俺も馴れたくは無かったが神様っていう存在に馴れてきた。馴れとは恐ろしい。非日常も毎日続けば日常化されてしまう。
今日は彼女と夏休み最後のデートだ。ぴったりとしたノースリーブにジーパンの彼女。ずいぶんと人間ぽくなってきたもんだ。
「よ!彰斗!」
「おいおい、彼女か?」
「うぁーめちゃくちゃ美人じゃん!」
迷惑な奴らに会った。昔俺も所属していた男子弓道部の奴らだ。
「ねえ、君、こいつと付き合ってんの?」
「我はこの男とレンアイをしている。無礼者よ。」
……。ですよねー。そりゃシーンてなるよね。だからと言って俺を見られても困る。
「あー。君にとってこいつはどういった立ち位置…。」
彼女は俺の腕にくっつきながらも遮るように即答した。
「下僕じゃ。」
確実にショックを受けた顔を向けられたが一番ショックなのははっきり言って俺だ。分かってはいたがここまではっきりと言われてしまうと流石にこたえる。
「あ、あんまり理解が追いつかないけど、彰斗た、楽しそうで何よりだ。」
「楽しそうに見えるなら代わってやるよ。俺はs気質なもんでね。」
腕にいる彼女の顎が少し高くなった。
「低能め。男よ行くぞ。」
その時突然彼女の身が硬直した。
「まずい……。来る。」
常に涼しい顔で悠々としている彼女の瞳が揺らいでいた。瞳孔が締まる。彼女のこんな姿を見るのは初めてだ。切羽詰まったような彼女は俺の腕を振る。…脱いだ。目が飛び出るというか鼻血が出る光景というか。下着姿の彼女が服を俺に押し付けた。言葉も出ない。周りの視線も気にせず彼女は指をパチンと鳴らした。光に包まれた彼女は白と金の服を纏っていた。古代ローマかエジプトの衣装のような。神という言葉を具現化したような存在に見えた。彼女の表情、風格、その全てが人間とは比べてはいけない何かがあった。女神は俺達の方を見た。
「黄泉の国に行きとうなければ暫し下がっておれ。」
女神が言い終わるや否や突然後頭部に撃ち抜かれたような衝撃。無彩色の世界。紫色に染まる。紅いや、蒼、翠、黄と目紛しく世界の色が変わる。次々と。次々と色が光の粒となって東の空に集まる。何が起きているんだ?分からない。ただ俺達人間の理解を越えた悍ましい何かが起きていることだけは分かる。……。空が光る。もう一つ太陽が出てきたように。俺はこの光を知っている。世界を包み込むような光。規模は違うがこの光はー。
神が降臨する輝きだ。
光が弱まる。人々の騒めき。蝉の叫び。夏の陽射しが俺の手にアイスを溶かしつける。光の中心に人影が動く。夢。夢の様な出来事だった。
「平伏せ。」
虚無の世界に響く怒号。光も消えた。神のお出ましだ。それも、破壊神すらも恐れる様な神が。
「ひざまずくのだ。下民共よ。」
神々しくも太陽を背にしたヤツは両手を高々と広げ服をたなびかせながら地上にゆっくりと降臨した。光のない冷酷極まりない鼠色の瞳。眉間は寄り、眉は細く吊り上がる。立髪のような長い銀髪が煌めく。神だ。「神」それ以外何にも例えようのない存在。ヤツは神だ、そしてヤツが来たことは多分良くない。彼女の足が地を離れた。彼女はもう彼女じゃない、美と死の女神だ。
「何するつもりだ」
驚いて声を漏らしてしまった。女神は俺達の方を向いて人差し指を立てた。俺は口を慌てて噤む。女神は長い三つ編みを留めていたヘアゴムを外し指にかけた。ゴムピストルを俺の額に打った。女神は笑っていた。そして静かに神の方を向いた。
「君は。一体…?」
「…美と、死、の女神だ。ゴム、持っているのじゃぞ。」
俺の質問に頭だけ女神が振り向く。妖艶な笑みで。再び空に上がる。三つ編みが解け宙に広がった。それは俺が見た中で世界で一番綺麗な髪だった。
猛スピードで神が近づき女神の寸前で止まる。白い手で女神の顎を掴む。俺は息を殺して見ているのが精一杯だ。女神は表情一つ変えない。
「我未来の妃よ。この様な忌まわしい星で何をしている?」
「宇宙が暇でのぅ退屈凌ぎにお散歩じゃ。」
「そうか。」
二人が地上に降りてくる。神が周りを見渡した。
「汚らわしい下等生物達め。妃よ、破壊しろ。」
「別に思い入れもない、Λ様がそう仰るのなら。」
女神は手の中に光を作り出した。妃??破壊??。
「悪いのぅ」
赤紫色の瞳がこちらを向いた。叫ぶよりも先に体が動いた。無意識にやめろとやめてくれと叫びながら女神の腕を揺すぶった。女神と目が遭う。終わりだ。殺される。俺だってこんな人生、愛着もクソもない。ダメ人間な自覚もある。でもそれだけにこんな終わり方どうしても嫌だった。だから叫び続けた。今までで一番かっこ悪い俺だった。顔から出るものを全て出しながら女の子にすがりつくDK
以上にかっこ悪い人間がどこの世界にいるんだろうか。でも俺は自棄になって叫んだ。声が枯れるまで叫び続ければきっと少しは響くかも知れない。冷ややかな瞳が揺らぎだす。瞳孔が小さくなったのがわかった。何かの割れる音。ガラスの玉が割れ飛び散る様な。女神の口から吐息が漏れた。それと同時に光は神の方に飛んだ。驚いた神はとっさに黄色い光で体を覆う。彼女の放った紫色の光が屈折し飛び散り、落ちた先で砂煙が立つ。
「面倒な、封印が破れたか。妃よこのΛ様に歯向かって良いとでも思っているのか?」
「我は貴様のために造られたかも知れぬ。だが我にだって意志が、自我がある。」
「お前は私の妻になるために4ヵ月前に造られた。それ以上の存在価値などあるはずもない。」
血走った目の神、Λが叫ぶ。状況把握が追いつかない。
「我は貴様に殺される為にいるのではない。」
女神は紫色の光の球体を幾つも作り一斉に飛ばす。防御したΛは手に黄色い光を膨らめせる。
「未知の感情が流れ込み混乱しているのか。」
冷ややかな瞳と怒りの溢れた瞳が交差する。Λが光を放った。女神はビルごと後ろに吹っ飛んだ。ビルの崩れる激しい音。煙の中に女神の影が見えた。覚束ない足取りで煙から出てくる。手の甲で切れた唇を拭う。笑っていた。指を再び鳴らす。上半身をつつむ楔帷子。その下から前後に垂れた白い布。神と神の戦が始まった。
「愚かな。私は気と戦の創造神。そして全知全能の神Σの後継者。次世代の最強神だ。例えお前が破壊神最強の力、死を司る神だとしてもこの私には勝てないのだ。」
「最強神?笑わせるのぅ。それは我を吸収して破壊の力を得た時の話。妃になった我を殺さねば持てぬ力ぞ。例え神でも死の力には抗えぬ。」
お互いに勝ち誇る様に微笑んでいた。既に町はボロボロだ。二人が空中でぶつかり合う。快晴に響き渡る爆音。速すぎて目では追えない。空から飛び散る光の粒が大地を次々と割っていく。流星群を見てる様だった。隕石が地に落ちるような衝撃。えぐれた地。砂煙の中から白い布がはためく。煙が鎮まる。聞こえるのは神々の息切れとコンクリートの崩れる音、そして俺の鼓動。女神はΛの右手で首を絞められ地面に押し付けられている。強い力で。黄色い光でが二人を包む様に膨れ上がる。俺の耳を貫く断末魔の様な声。
「あああ、ああ、ああああ、貴様如きに殺されてたまるか。…してやる。」
女神が絶叫した。
「この宇宙ごと、こんな、こんな…世界。破壊してくれる。」
Λが吹っ飛ぶ。その衝撃で高速道路がΛの周りに崩れ落ちる。そんなΛに目もくれず女神は全身から光を炸裂させた。神の破壊が始まった。落ちる看板。降り注ぐガラス。空を飛び交う車。空はコンクリートが踊る。ドミノ倒しの電柱に潰された建物。建物はもはや建物でなかった。地はもはや地を成してはいない。人々の悲鳴は不思議と耳に入らない。上を向くことに必死だった。再びΛが女神の方へ飛ぶ。女神の一瞬の隙をついて首を掴んだ。Λの背で女神の顔が見れない。その時俺はバカなことを思いついた。隣の日野水の手から弓を奪い取った。唖然とする日野水。何か俺に向かって叫んでいた。構わず、弓と矢を取り出し構えた。中等科の時俺はエースだった。全国大会の決勝で負けた。気が付いたら部活を辞めていた。気が付いたら、勉強も人間関係も夢も全部投げ出して、気づいた時には俺は俺が嫌いだった。胸を引いた。息を吸う。散々やってきた。吸って。吸って。吐く。
「ああたあれえええええ」
無我夢中で叫んだ。自分とか、世界がどうとか、どうでも良かった。俺の中の何かが射てと言った。俺の血がそうさせた。考えた訳じゃない、俺は根っからのバカだ。だからこそ
当たった。
真空のような無音。ゆっくりとΛが振り返る。やった…?血飛沫と共にコトンと矢が落ちる。
「心臓を貫いたら倒せると?勝てるとでも思ったのか?低能め。」
マズい。そう思う暇もなく全身に衝撃が走る。全身の肉が粉々に弾けそうだ。
息が出来ない。指の先まで酸素を抜き取られたかの様な感覚。指一本。Λが俺の額に指一本当てているだけで。気と戦…。不意に理解した。Λは空気を意のままにする、そして絶対に勝てない、と。
ムリだ。
俺にはムリだ。
今すぐにでも逃げ出したい。
後悔と恐怖で壊れそうだった。縋る思いで女神の方を向いた。と言っても黒目を向けるのが精一杯。目が合った瞬間表情が変わった。俺の知ってる彼女になった。体が軽い。気づけばΛがタワマンごと崩れていた。顔をとっさに上げれば目の前には艶かしい足と白き布がひらめく。
「気に食わぬ。」
「へ?」
「そのそなたの目付きが気に食わぬと言っているのじゃ。この足フェチめ。いやらしい。」
彼女の顔を見上げた。
「助けて…」
「勘違いするでないぞ。」
彼女が自信満々な笑みで振り返った。
「人間如きを庇うなど随分と落ちぶれたな。」
緩やかに空へとΛが上がる。
「我が落ちぶれたならその落ちぶれた我に敗北する貴様はなんと呼べば良いかのぅ?ゴミ屑…か?」
「くだらない。何故人間を、こんな下等惑星を、何故お前程の神が庇う?」
彼女は鼻で笑った。風になびく髪が美しい。
「それは我が美の女神だからじゃ。この星は美しい。」
Λの鼻笑いと同時に再び戦闘開始。彼女が優勢だった。Λが崩れ裂けた地面の上に転がり落ちた。彼女が腕を伸ばし掌の光を向ける。物凄い光だった。違う。彼女の輝きではない。
「あーあボロボロじゃん。」
「わたくしは元々感情を奪うなど反対でしたのよ。」
下半身が蛇の銀髪の女、そして如何わしいゲームに登場しそうな女の人が現れた。さっきの光は神が降臨した光らしい。
「お初にお目に掛かります。愛と制裁の創造の女神、θ。よろしく。」
「裏切りと蛇を司る破壊神Δ。Λ様、Σ全王が御目覚めだ。」
その言葉に二人の表情が凍りつく。一体何なんだ。
「あらいやだ。その伝言わたくしのお役目でしたのに。まあ、そんなに埃まみれになって、Λ様。もう直ぐにΣ陛下がいらっしゃいますのよ。」
俺は二人の女神に釘付けだった。女神達がそれに気付いた。嫌な予感がした。
「貴方が封印を解いたのですね。ふふっ。制裁のお時間よろしくって。」
目が合った時既に橙色の輝きがθを包み込んでいた。
「止めろ!」
彼女がΛに向けていた光をθに向けようとした時俺の足首に激痛が走った。Δがほくそ笑んでいた。
「Δ。もう、そういうの、良くなくってよ。」
「ちんたらしてっからだ。」
「大体私はあなたと表裏一体なのもどうかと思うのですけど…」
「好きなくせに!」
「いいえ全く」
拗ねた顔でθは下を向く。激痛で頭が朦朧とする。蛇の毒だ。薄れ行く意識の中で彼女の雄叫びが聞こえる。二重に見える世界。紫色の光が放たれΔが吹っ飛んだ。
「愚かな。破壊神の中で死を司るのは我だけじゃ。我に敵う破壊などない。」
誇らしげな彼女。血が降った。そう、突然真紅の血が辺り一面に降り注いだ。橙色の輝きが彼女の全身を貫いていた。まるで銃弾の様に。
「破壊の力ならば、と言うことをお忘れなく。それを制裁するのがわたくしの務め。」
θは優しく微笑みながら腕を下ろした。その笑顔は愛に満ちていた。血飛沫。それはまるで真紅の薔薇の花びらが宙を舞っている様だった。彼女が床に激しく打ち付けられた。
「Σ様がお越しのようですわ。」
θの隣まで上がったΛの頬にキスをしつつ囁いた。
「さあΔもいつまでも寝ていらっしゃないで頂戴。」
根元から折れたスカイツリーが突然浮き遥か彼方に飛んで行った。見るからに不機嫌なΔが立っていた。
「アタシは寝てない。この鉄クズが重かったんだよ。」
彼女の一撃に相当なダメージを喰らったらしい。
「あら失礼。お気を悪くなさらなくってよ。」
Δの舌打ちと共に三人の神が彼女の側に降りてきた。そしてこの世のものとは思えない光景が広がった。光に包まれた世界。光以外の全てのものが消えたみたいだった。彼女も立ち上がった。四人の神が跪いた。光が消えた。彼女達の先には一人の老人が立っていた。
「儂が目を覚ましこの地に来た。それが何を意味するものなのか…。」
世界は鎮まりかえる。そろそろ意識が限界だ。
「我々は創造と破壊、二つの属性がある。全ての神の上に立つ全王神は唯一二つの属性を持つ。しかし王になる前は何方かの属しか持ってはいない。戴冠式でもう一つの属を吸収しなければならない。息子よ、彼女はその為に造った。我、最愛の妻Ωを吸収する時儂は心が痛んだ。Ωは他の神を愛していた。生きたいという欲望があった。抵抗するΩを押さえつけ殺した時のの苦しさ。お前には感じて欲しくなかった。だから彼女を造った時殆どの感情を抜き取り封印した。それが接触した人間の強い意志が流れ込み割ってしまった。死の力は勿体ないが今回は見逃してやれ。」
「はいっ」
「それと美と死の女神よ。我息子と使者である女神に攻撃をした罪は謀反とみなし一生この第3惑星にとどまる様に。」
「はい」
全王神Σが辺りを見回した。静かに指を鳴らす。白い光が円状に世界を包み込む。世界も人も一瞬にして元通りになった。俺と彼女以外。
「皆。行くぞ。」
その鶴の一声に神々が消えて行く。彼女を残して。
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