第17話<リトル・キョートⅢ>

第二次生存戦争セカンド・サバイバル・ウォーで、そこら中が焼け野原になっても、人類は生き残りましたものね」

 フランチェスカはしみじみと述べた。

 クリスティーナはフランチェスカの言葉に無言で頷いたが、その脳裏には最終訓練中にシュエメイと交わした会話が甦っていた。

 人類の救世主に為るべく、今も生み出されている遺伝子調整者――私たち。

 異星生命体を撃退し、人類を守る。

 私たちにそんなことが出来るのだろうか――。

 答えのない思考に耽るクリスティーナを不意に現実へと戻したのは、タクシードライバーの濁声だった。

「嬢ちゃんたち。もしかしたら、今回は出撃前の、最後の休暇かい?」

 どぎつい質問を何気なく放られて、一瞬二人とも答えに窮した。

「え、いえ。あの、特に、これが最後の休暇になるとかは言われていませんが……可能性はゼロではありません」

「そう……なるんじゃないかなぁ……と」

 フランチェスカとクリスティーナはお茶を濁すような言葉を敢えて選んだ。

 二人とも運転手の様子を探るように答えたが、運転手の口調と風貌からは無頓着そうな性格に見えた。

「そっか。まぁ、どっちでも構いやしないな、まずはリトル・キョートでたっぷり遊んでいきな。航宙軍の軍服をやたら街中で見かけるからよ。近頃、噂になってる『迎撃作戦、発動近し』と、思ったわけよ」

「航宙軍が、そんなに多いですか?」

「ああ、多い多い。ま、俺は稼ぎ時だけどな」

 クリスティーナのそう答えると、運転手はガハハハっと豪快に笑いながら付け加えた。

「お嬢ちゃん達が宇宙で撃ち漏らしても、俺たちが火星で迎え撃ってやっからなよ。無茶すんなよ」

「もしかして、地上では何かしらの準備命令が出ているんですか?」

 フランチェスカが聞いたのも訳がある。宇宙に長くいると地上の出来事に疎くなるのはどうしようもない。第一、士官候補生とはいえ訓練兵だ。ニュースをゆっくり見るような時間など元々無い。

「何だ、知らなかったのかい? 昨日の夕方に出たよ。もっとも定期訓練という名目だがね、誰もそんな言葉を信じちゃいない。俺も久し振りにバトルライフルを引っ張り出して手入れしたよ」

 何が面白いのか分からないが、中年の運転手は再び大口を開けて笑った。成人のほぼ全員――健康上の理由が無い限り、徴兵されて軍事訓練を受けている。

 銃の撃ち方を知らぬ者など一人もいない。その上、火星では小火器の管理は個人に一任されている。

 本当に異星生命体が襲来の際には、貸与された武器を手に基地へ出頭し、臨時の防衛隊を編成することになっていた。

 運転手は二人の少女に地上の準備を見せるために、トンネルを抜けると幹線道路の先を右手で差した。

「あそこの、城壁の角にある砲塔が見えるかい?」

「ええ」

「見えます」

 運転手の太い指が示す先には、灰色の強化コンクリートで作られた大きな城壁――リトル・キョート市街地を取り囲む通称<五閣城>と呼ばれる巨大な要塞――の先端に設置された大型の旋回式高角連装砲塔が見えた。

 それは第二次世界大戦当時の軍艦の砲塔を思わせるシルエットで、所々に赤や緑の安全色の管制灯が瞬いているのが見えた。

 その姿形は砂漠のような火星の景色からは異様なまでに浮いている。

 二人はその太くて長い砲身から、静止衛星軌道上の標的さえ射程内に収めるような電磁加速砲レールガンだと分かった。

 同時にそれを連射させようとするならば、それだけで原子炉が一つ必要になるほどのものだとも想像がつく。

 戦時以外稼働させない砲塔用原子炉は、衛星軌道迎撃用連装砲塔二基に付き一つの割合で建設されているはずで、当然それらはすべて地下にあるだろう。

 それらも本格稼働させるということは、完全な戦時態勢への移行だ。

「明後日の夜、あれを最大電圧での試射をするんだとよ。お陰で明日の深夜一二時から明後日の二時まで市街地外周部とジオフロント上層部は計画停電になっちまってんだ。俺も早めに車を充電しないと、明日の商売上がったりだぜ」

 運転手の顔には、口で言う程の不満は見えなかった。

「……臨戦態勢ですか?」

「おう。二ヶ月で態勢完了にまで持って行くんじゃねぇかな。名目上は定期訓練と整備ってことになっているけど、試射を急ぎ過ぎさ。そんなに急げば、誰も彼も実戦準備だって分かっちまう。ま、ここんとこ、召集訓練サボってたから来週の防衛訓練はキツいけどな」

 そういって、運転手はまた笑った。

 何が可笑しいのかよく分からないが、やたら笑うのでクリスティーナも釣られて笑った。

「大丈夫ですよ。きっと」

 根拠は無いが、そうしようと、そうなるように努力しようと、クリスティーナの心の底でそんな思いが湧き上がるのを感じた。

 彼女自身そんな気持ちがあることを少し不思議に感じたが、なぜか悪い気はしない。

 そのために自分たちは生み出されて、今日まで生きてきた。

 自由は乏しかったかもしれないが、それが悪いものだとは思わない。

「期待してるぜ、嬢ちゃんたち」

 そう応えた運転手が破顔していたが、その指が神経質そうにハンドルを叩き続けるのをフランチェスカは見逃すことが出来なかった。

 走る続けるタクシーは城壁の穴をくり抜いて設置された陸橋を登る。

 フランチェスカは陸橋を渡る間、車の窓越しに城壁を注意深く眺めた。

 見える範囲に限りはあるが、たくさんの整備兵たちが城壁の銃座や砲塔の機能点検を行っている。

 リトル・キョートは重要な軍事拠点であると同時に人々を守り抜く要塞でもある。

 市街地を囲む壁の厚さは場所にもよるが50メートルを超え、高さも50メートルほどもある。

 その人工的な崖には無数の銃座と砲座を備え、敵を迎撃する。

 徹頭徹尾、人類が火星で籠城し続け、戦い抜くために建築された要塞都市“リトル・キョート”。

 地球の砦である火星には、そういった要塞都市が他にも幾つかあった。

 外壁のトンネルを抜ければ、小山のような多層連結建造物の一群とガラスなどの透過性の高い資材で作られたビル群が広がる市街地が見えてきた。

 多層連結建造物の中でも目立つ建物は、半球状のドームを上から斜めに切り取ったようなシルエットで、その斜面には太陽光発電のための特殊な強化鏡が数千個の単位で並ぶ。

 その上にはリトル・キョート全体を覆うように、巨大な半透明のドームが被さっている。

 都市の中で、特に目を引くのは強化ガラス系の資材で建造された煌びやかなビルだろう。

 そのビルの一群は建物単体としての機能だけで無く、地下都市ジオフロントへの採光塔としての機能を持つ。

 街も建造物も密閉可能である点が、気圧の変動が激しい火星の特徴的だ。

 街中の所々に整備されている公園は、集結地や集会場としても使えるようにかなりの広さがあり、小山のような所には塹壕と砲塔も見える。

 この都市の景観は、名称の元となった日本の復興都市・京都の街並みは全く似ていない。

 それどころか日本式の建造物自体が見当たらない。

 古の景観を維持し続けようとする地球の復興都市・京都や、日本国第一首都である長野とも違う。

 これは火星という空気が薄く、重力の弱い環境で、密閉性を重視した結果なのだろう。

「やっぱり、地上の街は良いね」

「そうですね」

 クリスティーナは街並みを眺めながら感嘆にも似た溜息を漏らし、フランチェスカはそれに相槌を打った。

 この街の中心部の機能は地球上の都市と大きな差はない。

 ビルが建ち並び、ショッピングモールがあり、マンションもある。

 人々と電動自動車が行き交い、喧噪がビルの谷間を埋め尽くす。

 そんな人の営み自体が彼女たちには眩しかった。

 急にタクシーのスピードが落ち、二人の少女の身体は座席に今まで以上に深く沈んだ。

「あ、セントラル・ブロックに入った」

「久し振りの1G……」

 感慨深く、フランチェスカが呟く。

 ここ一か月以上無重力空間にいたからなおさらだった。

「嬢ちゃん達、遠心ブロックでの筋トレ、サボるなよ」

「は~い」

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