十六章
初戦から八日経った。境界に到着した二泉軍は閑地に
しかし予想外にも全く動けずにいる不能渡はほぼいなかった。国境を越えてひと月は経っているはずなのに重篤者がいないのは奇妙だ。加えて珥懿が先鋒隊に感じたあの空虚感は健在で、それは閑地に寝泊まりする者に多かった。
二泉としては不能渡が毒で動けなくなる前に事態を動かしたいだろうと思われたが、領門から平原まで積まれた
結果として戦場は狭い範囲での攻防になる予想がなされ、牙族としては籠城して時間を稼ぐ合間に少しでも不能渡が減るのに賭けていた。長引けば猋を使えるようになる。奇襲隊によれば先鋒隊
歓慧は
「あの阿呆は剣術指南を受けているらしいな」
歓慧は脇台に茶器を置く。
「言葉が過ぎます」
「よもや自分も戦に出たいと言い出すのではないだろうな?」
「それはないと思います。ただ
珥懿は紙面から目を上げずに、だが、と呆れた。
「よりによってあいつに稽古を頼むとは」
「あら、適任だと思いました。鼎添さまは人を見る目がありますもの」
「どうだかな。いつまで経ってもふわふわと覚束ない」
くすりと笑った。「姉上も放っておけないのでしょう?」
「そういうわけではない」
ぼそりと言ったのになおも笑いながら湯呑みを差し出した。
「ところで、なにか進展はありました?」
頷き、紙束を火鉢に投げ入れる。
「
歓慧は手を打ち合わせた。
「ではお迎えの準備をしなくては」
「しかし辿り着くかな。この間のように
「鼎添さまにお教えしても?」
「くれぐれも城外に出すなよ。ここであれが死んでは全てが無駄になる」
「少し休む。何かあったら起こしてくれ」
「
「眠りすぎるからな。やめておく」
でも、と歓慧は
「最近夜も着けてないですし」
「非常時だ。二泉がいつ攻めてくるとも限らない」
歓慧は珥懿が護耳を着けなければ悪夢を見ることを知っている。母もそうだったと聞く。
「心配ない。何かあれば嘉唱が教えてくれる」
もう既に寝入りかけの珥懿にくしゃりと頭を撫でられた。なおも心配顔のまま頷く。火鉢に炭を足し、そっと
珥懿は分かりやすい。危険がなければ
「……もっと仲良くなさればよろしいのに」
開廊の
そう思って自嘲しようとした瞬間、
ぞわりと『何か』が
持っていた盆を取り落とす。体中の毛穴から一気に汗が噴き出してたまらずしゃがみ込んだ。喉元を
――何だ、このにおい。におい?そんなものなにも無い。
――これは、何だ?
混乱した頭で欄干の間から閑地を凝視した。
――私はなぜ知っているの。
これはにおいであってにおいなどではない。
「これは……」
知っている。どくどくと鼓動が早鐘のように耳元で聞こえる。
(これは、そうだ……)
揺れる視界で愕然と膝を見つめた。
(………なぜ、忘れていたの……)
瞳を開いているのに、目の前に暗幕を降ろされたように深い絶望が己を飲み込んで何も見えなくなった。
「歓慧さま?」
走り寄った影は少女のただならぬ様子に慌てた気配をさせた。ぼんやりと涙に濡れた目を向ける。何度か瞬くと、やっと
「……丞必」
「どうなさったのですか!ひどい汗です、
肩を抱かれ、歓慧は弱々しく首を振った。
「大丈夫。少し疲れただけ」
丞必は眉尻を下げる。「当主の身支度に加え四泉主一行のお世話も一手に引き受けて。それみたことですか、体が
丞必は軽々と歓慧を負ぶう。それで温かな背に縋った。
「お願い、姉上は呼ばないで……」
「しかしですね、こんなになっていては。またろくに眠ってもいないのでしょう?」
「姉上には、心配したまま出陣してほしくないの……」
歓慧さま、と丞必が困ったように言うと、その背でいやいやをするように額を当てこすった。
「……分かりました、当主にはしばらく黙っておきますから。その分きちんと
四泉の使者が到着したのは
旅装のまま通された狭い
「よく来てくれた」
沙爽がほっとして呼びかける。青年は頭を上げず、定石どおりの挨拶の言葉を連ねた。
「顔を上げてくれ。本当に、よく無事で。名乗ってもらえないか」
重ねて言うと、ようやくゆっくりと顔を上げた。珥懿と同じくらいの年恰好、涼やかな目許をしている。表情のない
「泉帝陛下のご尊顔を拝し奉る光栄に浴し、重ね重ね恭悦の極みに存じます。
「名は」
「
「燕麦。重ねて礼を言う。二泉の急襲の危険もあるなか、はるばるよく来てくれた」
燕麦はにこりともせずに再び
「泉主をお
続いて主の隣に座す仮面の人影にも
「牙族族主においてもご機嫌麗しく。同盟調印はすでに全国に布告されました。
燕麦は沙爽に見せた恭しさとは相反した面持ちでひたと族主を見据えた。珥懿が何か言う前に沙爽が口を開いた。
「いささか無礼ではないか。なにか含むところのあるような言い方だ」
燕麦はそれ以上何も言わずただ目を伏せ、珥懿は意地悪げに
「
「心外です」
沙爽は燕麦に向き直った。
「使者が都水台とは具合が良い。これも大司空の計らいだな」
「小官のような者が使者として派遣されたのは瀧州の高位官の中で適当な由歩がいなかったからにすぎません。しかし、そうですね、できれば都水台からというお話でした」
都水台は
しかしそうなると急の施策に対応が難しくなる。地方の州と泉畿では距離があるのに加え、水質も各地で微妙に異なるから、一律の施行は難しい。それを解消するために用いられる伝令には都水台のみで使う特別な聖獣を使った。これを
水虎の遊猟、また通行における故意の妨害は重罪に定められており
「泉の様子は?」
「とりあえずは
沙爽は頷く。「やはり籠城の為に貯水に重きを置いているということだな」
「はい。穫司泉の水位も下がっていると。曾侭において堤をお造りになっておられると聞き及びますが、そちらは何か動かしておいでなのですか」
沙爽はちらりと珥懿を見た。「先日帰泉のおりに三公を通して指示を出した。そろそろ状況は動くだろう」
珥懿は見返す。牙族は今のところその情報を得ていなかった。沙爽は痛ましく微笑する。
「牙公から授けて頂いた智恵を使いました」
「ほう」
面白そうに頬杖をつく。
「さて、
燕麦が硬い表情のなかに憤然とした顔をみせた。泉主を馬鹿呼ばわりするとは、ありえない。沙爽本人が慌ててとりなした。
「とにかく、無事に着いて安心した。今日はゆっくり休んでほしい」
新たな
「……どう思いますか」
影が扉の向こう側に行ってしまったあとで珥懿に問う。そちらはつまらなさそうに燕麦の持ってきた書状を眺めている。
「はずれだ。少なくとも二泉の間者ではない」
安堵して頷いた。「良かった」
「私がお前を
「私はもっと怒るべきなのでしょうね」
「しかし悪い意味で正直な奴だ。私がもう少し気難しかったら礼を欠かれた時点で斬って捨てていたぞ」
「それは私も驚きました。お詫び申し上げます」
「お前の詫びなどなんの腹の足しになる」
立ち上がったのを沙爽は見上げる。
「燕麦を軍議に入れても?」
「水司空なのだろう?まあ多少なりと使うことは出来そうだ」
水司空とは水工における
「数の扱いには慣れているだろう」
「戦と泉の工事は全く別物だと思いますが」
「駒を動かさねばならない点は同じだ。役立たずに食わせる飯はない」
手を振って出ていくのを見送り、沙爽も立ち上がった。控えていた僕二人も後に続こうとして、主の言に立ち止まる。
「私は今から稽古をしてくる。二人は休んでいてくれ」
「なりません。一人の時に何かあっては目も当てられません」
「でも、相手をしてくれるわけではないだろう?」
暎景と茅巻は
「それでもせめてどちらかはお連れください」
分かった、と沙爽は息をつく。自分が稽古をしている間に、野牛に乗る練習でもしておいてくれればいいのに。そう心で呟き、ふと思い至った。二人とも沙爽が物心つくときにはすでに側にいた。側にいたということは間諜として、
「……では、暎景。一緒に来てくれ」
急にうきうきとした表情を浮かべた主に戸惑いつつ、暎景は
かん、と小気味良い音が断続的に響いて城の石壁に
「いい感じね」
沙爽は悔しそうに正面を見上げた。
「踏ん張りが足りないみたいだ」
「素直すぎるんだ、お前は。もっと隙を突くように動かねぇと」
破顔して木刀を担いだのは侈犧。侈犧は珥懿よりも背が高いから、沙爽とは身長差がかなりある。
「こう、上から振りかぶられて、受けきれないと思ったらな、流すか避けるかしたらいいんだ。なにも全部返そうと思わんでいい」
「でも最初よりだいぶ良くなったわよ。ね、暎景」
気安く呼ぶな、と返すと徼火は肩を竦めた。
侈犧たちは城内に入れない。しかし泉主を門外に出すわけにもいかないので、特別に二人だけ裏庭に入ることを許された。
「しかし、燕麦は入れたが」
「文官ひとりならどこぞの斥候でも寄ってたかってふんじばれるが、荒くれ三十ともなると危険だし誰が敵と内通してるやもしれないからな。
「そういうものか」
「派遣先で任務中以外はわりと好き勝手やってるからな、俺たちは。ひとつところの滞在が長いと、そのうち現地の女と恋仲になって辞める奴だっている」
「それは許されるのか?」
徼火が楽しそうに
「万騎は
沙爽は首を傾けた。「十三翼?」
暎景が
「族主の私兵のことです。十三の軍に分かれている。こちらは泉軍と同じく主従関係で当主に忠義を尽くす者たちです。この間出陣したのは十三翼だったはず」
徼火が笑う。「よく調べてるじゃない」
「馬鹿にするな。まあそういうわけですから、万騎はいわば当主にとって使い捨ての駒というわけです。通常泉国に派遣する兵は全て万騎です」
おいおい、と侈犧が腰に手を当てた。
「ちと語弊があるぜそりゃ。たしかに当主は俺たちには雑さ。それがお互い楽だからな。だが万騎が真っ先に泉国に派遣されるのはそれで飯を食わせてもらってるからだ。万騎兵は田畑も耕さないし牛も飼わない。その代わり外貨を稼ぐ。それに、俺たちにだって忠はある。皆ここで育った奴らだ。一族には恩があるし
「役割か……」
沙爽は俯いた。ふいに、以前歓慧が琴を演奏してくれた時の心情が
「私の役割とは何なのだろう」
三人が顔を向ける。
「それはもちろん、まずはご無事に国へ帰ることです。爽さまなくして、四泉の平定はありえない」
暎景に迷いなく答えられて苦笑した。
「それはそうだが。族軍が二泉と戦っているいま、私には何ができるかということだ」
「そう思ったから、俺に稽古をつけてくれと言ったのだろう?」
侈犧が沙爽の頭を雑に撫でた。撫でられるまま、でも、とまたうなだれる。
「私には自ら人を
それは理想だ。しかしそれでは悠長すぎる。族軍と二泉の衝突を目の当たりにして考えを改めた。もしかすれば、乱戦の最中に撫羊を討たなければならない可能性もあるのだ。それも、自らの手で。
「もしその時が来たら、私は剣を振り下ろすことができるのだろうか。そう思うと、ひどく不安で……」
「そのようなこと、俺がさせません」
目の前に膝をついた暎景は真剣な眼差しで見つめる。
「たとえ王族殺しの汚名を着ようとも、泉主の為ならこの暎景、沙琴さまが
主は泣きそうな顔をしてただ頭を振った。どういう意図なのかは測りかねたが、少なくとも彼が妹を討つと決断した今でも、ずっと罪悪感の
突然徼火が沙爽に抱きつく。「泉主はいい子ねぇ。暎景がこう言ってくれてるんだし、任せておけばいいんじゃない?」
泉主から離れろ、と喚いているのに侈犧もにんまりと笑った。
「そうとなれば傭兵ごときに負けてはいられまいな?」
放り投げられた木の棒を受け取り、暎景は顔をしかめる。沙爽が徼火の腕の中で憂いを引きずりながらも目を輝かせた。これが見たかったから先ほどから時機を見計らっていたのである。
「泉主、一戦よろしいですか」
「もちろんだ。暎景の剣技を見るのは久しぶりだ」
侈犧と暎景は正対して木刀を構えた。静かに息を吐く。しんと静まり返った中、侈犧の動きに目を配りながら、暎景は頭の隅で遠き日の幼い沙爽を思い出していた。あのとき、自分は己を捧げると誓ったのだ。
棒先を打ち合わせ、素早い動作で構えながら眉間に皺を寄せた。
(必ず、爽さまを玉座に据えてみせる)
その為には、どんな犠牲を払おうとも。
高竺率いる万騎八百が曾侭にいる四泉国軍と合流した。族領を出てから十三日経っていた。途上二泉軍と少しばかり交戦。万騎は最短距離を優先して穫司のすぐ側を通過したのである。二泉軍も瓉明軍も突如西から現れた野牛の群れに驚愕した。その噂は野火のように広がって門を閉ざした穫司の中にまで周知の事実となった。
これを受けて二泉は
そして戦況は牙領と穫司、双方で動く。
万騎八百が曾侭の四泉本軍と合流する前日、領地に続く閑地で動きがあった。二泉軍が突如領門を越えてきたのだ。駐屯して九日、
紫の濃霧を抜けた
「死体をどけて野営の準備だ。不能渡は由霧からなるたけ出ろ」
「将軍。不具合の者を閑地に優先させてもようございますか」
問うたのは不能渡の
「死にそうな奴はそのまま捨て置け。どのみち耐えられぬ。まだ
はい、と従順に頭を下げた目は
(まったく、なんだってここまで)
粛々と閑地に入ってくる不能渡たち――もと、と言ったほうが正しいかもしれない――を見渡した。皆一様に無表情、どこか
敵兵の
「劉施はどこだ」
あちらに、と配下が示した先、少年は自兵の遺体を集めて並べている脇でへたり込み、なおも
「劉施。いい加減にしなさい」
泣き腫らした赤い瞳を主に向ける。
「劉渾は立派に務めを果たした。いい加減、弔ってやるのだ。お前も私の
まだ幼さの残る顔を悲しみで歪ませながら、膝の上の頭を撫でる。
「連れては帰れぬぞ。この閑地も数日すればまた交戦場になる」
「こんな山の中に置いていけとおっしゃるのですか」
「首があっただけましだと思うんだ。いまは悲しみに暮れている余裕はない。お前にはお前の務めがある。劉渾の仇を取りたいとは思わないのか。お前の目が必要なのだ、劉施。分かってくれるな?」
劉施は鼻を
――――牙族。兄を奪った憎き敵。
「絶対に許さない……」
そう呟くと彼は振り切って駆け出した。
閑地が動いたと報があり、沙爽は食べかけの
「二泉軍が動いたと」
言いながら腰を下ろし、隣をまじまじと見る。珥懿はその視線を無視し地図に集中して目を合わせない。
長い髪は括っただけ、しかも拭き足りず湿っている。まるで
ここ数日歓慧の体調が思わしくないらしく、姿を見ない。代わりの世話人は彼女がいる時のように甲斐甲斐しくはないからかく言う沙爽も牙族の着る
ひょっとして、珥懿のことも歓慧が世話をしているのだろうか、とふと思ったがそれは無いと思い直す。歓慧は沙爽がここに滞在して以来、毎朝毎晩世話をしている。余人に仕えているゆとりはないだろう。
彼女とはまだ話し足りない。早く良くなるといいのだが。一抹の淋しさに浸っていたが、呼びかけられて急速に現実へ引き戻された。
「沙爽、四泉への帰還は先延ばしだ。北路にも敵影が確認された」
「いつの間に。どのくらい」
「本軍から割いたな。
「どうするつもりです」
「北は放っておいても迷路から抜けられるとは思えない。ただこちらから出るのは危険だ。南側を片付けてからでも間に合う」
沙爽は図面を見た。「西に回り込まれたらどうします。砂丘側には耆宿院や土楼があるでしょう?危なくはないですか」
「それは心配ありません。谷がありますから」
言ったのは珥懿の傍に控えていた妙齢の美人で見覚えがあった。暎景とやり合った者だ。
「谷?そんなもの、あっただろうか」
「北門のすぐ西側からは勾配の無い
足を掛ける突起もないのっぺりとしたその天然の壁は
「二泉各州からも灌鳥が絶えて久しい。泉畿の
珥懿が地図上に小石を二つ並べた。
「四泉との国境はまだ通れるのですか」
「埋州へ続くほうの道は通れそうなのです。埋州は鉄鉱石の産地、いまだ由歩の商人が多く行き来している。それに混じって関を抜けられます」
空気を揺らす声で言ったのは老練そうな男で、胸まで伸ばした立派な髭があった。
「儂の家の者を
意味が分からず沙爽は首を傾けてその男を見る。男は
「儂は目が見えんのです」
驚いて見返した。「そうは見えないが」
男の所作には不自由を感じない。
「そうでしょうとも。
「
「
二泉泉畿からの報によれば二泉主が西伐に援軍を差配した様子はないという。しかし何より信頼できるのは実際に現地にいる者の言だ。
「では、二泉はそのように。して、こちらはどうなさいますか。二泉軍はすでに領門を越えて阻塞を壊しはじめています。甕城まで到達するには時間がかかるとは思いますが、平原でも火の手があがっております」
「甕城の防御を最優先にする。弓弩兵は平原側にも配置しろ。射程距離まで近づけば
「承知致しました」
「門外の侈犧隊にも援護を要請する。しかし猋の使用も
沙爽は思わず声をあげる。「それでは、侈犧どのたちがいい的になるのでは。せめて壁に上げてはどうです」
「それはできかねます泉主。ただでさえ郭壁に城の守備をまわして手薄でありますのに万騎に二泉との内通者がいれば内から崩れます」
「それほど万騎は信用なりませんか」
珥懿は片膝を立ててそれに顎を乗せた。
「万騎は傭兵、雇い雇われの関係だ。立場上は私と対等の関係に近い。忠義と信に
取り巻いた伴當たちが頷く。
「誤解しないようにあえて言うが」
ぐい、と首を傾けて珥懿が覗き込んできた。思わず白い胸元に視線がいってしまい、沙爽は慌てて目を逸らす。
「お前は我らが万騎のことを使い捨てにしていると考えているようだが違うぞ。矢面に立たせても敵を
言っていることは分かったものの、沙爽は咀嚼できない思いを抱えたまま俯いた。
「沙爽、何も犠牲にせず何かを得ようとするのは
「撫羊に……?」
「あれは自らの立場や命全てを
沙爽は唇を噛みしめた。たしかに――そうだ。もう逃げてはいられない。撫羊が間違っていると示し、事態を早期に決着させなければ、その被害を真っ先に
…………でも、と束の間、玉台の上の書面を見た。もし、間違っているのが撫羊ではなく自分だったら。撫羊を失ったあとにも、万が一、神勅が
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