第六話 接触
「し、してみたい、こと……」
「うんっ……」
俺は終始喉が詰まりっぱなしだった。心臓も爆速運転中だ。寿命が早まってる気がする。
実を言うと未だに夢か現実かの区別もついていない。
「な、何を、してみたいの?」
「んっと……えっとねぇ……」
彼女は人差し指を顎に添えてノートを見た。なんかもうそういう仕草一個一個がかわいく見えてしょうがない。自分のこと好きって面と向かって言われると、無理でも意識が動き出してしまうもんなんだな……。
「まずは、これが、いいかな……」
何か恥ずかしそうに口を歪ませて彼女が指を差したその先。
[手をつなぎたい]
わーぉ、待てよ。初手接触かぁ……。
「だ、ダメかな……?」
俺が戸惑っていると彼女は不安そうに覗き込んできた。
「い、いやっ。ダメとかじゃないんだけどね、その、触るって、めっちゃ恥ずかしいし、ハードルたけぇなって……」
彼女はもちろん、女子の幼馴染や友達なんかろくにいなかった俺にとって、女の子に触るっていうのは相当珍イベント。エンカ率は少数点以下2桁くらいだろう。
あっても、体育の凍り鬼とかバナナ鬼くらいか……?
「私は、大丈夫だよ。拓哉君になら、むしろ、触られたい……」
「あぇ?」
「あっ! そのっ。そういう意味じゃなくてっ……」
彼女は生まれた可能性のある勘違いに気が付いて、顔を真っ赤にして手をぶんぶん振った。白色のワンピースがひらひらを舞う。アゲハ蝶みたいな。
焦ったぁ……。さすがに踏み込みすぎだぜおい。そんなわけないよな。
「拓哉君の温かさを感じて、世界に色が付くのを感じたいからっ……」
やましいことなんてない純粋な答えだ。ていうか雫は結構言葉を使うのが上手なんだな。彼女の感性が生んだものなのかな。
彼女は、すっ、と俺に手を差し出した。真っ白で綺麗な肌。実は床の色が透けてるんじゃないかと思うほど。
「手、握って……?」
急に甘えるような声色になって、上目遣いを飛ばされた。頭ん中の俺は「わーぁ!」って言って飛んで行く。
「っ……」
俺は彼女の手を取った。彼女の柔らかい手の感触が染み付いて、それと同時に彼女の瞳も少しだけ動いた。なにか、見える景色が変わったのかな。
「……雫?」
彼女は俺の手を握ったまま、反対の手で顔を覆って俯いてしまった。
「だ、大丈夫?」
「……きっ」
「え?」
「だいすきっ……」
彼女は、泣いていた。
「え、ちょっとちょっとちょっとっ! な、泣かないでよっ……」
大好きとか言われて泣かれても、俺そのマニュアル持ってないよぉ。
こ、この場合はどうすればいい? そっとしておいてあげるのがいいのか、それとも……。
「っ……」
そのとき俺は今までにない程不思議な感覚に襲われた。
俺の目はきっちり彼女を捉えている。幸せでいっぱいと言うように、俺の手を握りながら泣いている女の子。その姿に、心臓じゃなくて胸の別の場所が激しく波打つような。
「な、なぁ雫……」
「んっ?」
「抱き締めても、いい?」
「えっ!?」
パシィッ!!
俺は俺の頬を自分でビンタした。床に顔を落としたまんま状況を確認する。
「え? え? いきなり何言っちゃってんの俺……。ご、ごめんっ雫! 忘れて――――」
「いいよっ……」
「はぇ!?」
彼女は恥ずかしそうに胸に手を当てていたが、顔を上げて俺の目を見つめると、両手を俺に向けて広げた。
「抱き締めてっ……」
雷鳴轟轟。瞬迅一閃。
や、やばい。俺、雫のこと、好きだ。直感でしかないけど、間違いなく好きだ。
「拓哉君っ、んーんっ」
硬直してうまく体を動かせない俺に向かって、彼女は「まだぁ?」と言うように両手を揺らして催促してきた。
「あ、あぁ……」
俺は膝立ちになって彼女に近寄った。抱き締めやすいように、彼女も膝立ちになってくれた。
そのままぎこちない手つきで彼女の腕の上から背中に手を回した。彼女の腕は俺の脇の下を通って俺の腰に回される。
そしてゆっくり、腕に力を入れた。今まで実体すらあるかどうかわからなかった妖精の温かい身体の感触を全身に感じて、それで……。
こ、こんなんで良いのかな? 痛く、ないかな……?
「ちょ、ちょっと待ってっ……」
不意に雫が俺の身体を離した。俺もすぐに腕の力を緩める。彼女はするするとすり抜けるように座り込んでしまった。
「ご、ごめんっ」
俺も腰を下ろして、彼女を覗き込む。
「ち、違うの……」
「え?」
彼女は俺の両手を取って、それで顔を隠した。隠したところで真っ赤になっているのが分かる。
「幸せ過ぎて死んじゃうからっ……ちょ、ちょっと、待って……?」
えっ。
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