第42話 魔誘鬼惑


 月明りが山南の足元を照らしている。


 煌々と冴えわたる蒼い月が、今宵はなんとも禍々しい。

 山南の眼には黒々とした瘴気が渦を巻き、辺りに立ち込めているのがはっきりと


 天羽の仕掛けた、荼毘手だびての六芒星による結界の内部に、膨大な量の霊氣が満ちていく。

 それに刺激され、周囲の自然の氣がざわめいている。

 道の真ん中で黒々とした瘴気がこごり、妖しの形を成し始めている。


 山南は手を打ち鳴らし、瘴気を散らす。

 だが所詮は焼け石に水。粟立つように無数に生じていくそれを全て散らすことなど、不可能だった。


 そうした有象無象の氣が全て、ある方向に向けて流れている。


 一つは、北東の方角――恐らくは御所の方に向けて。

 もう一つ、こちらは北東に流れるものとは比べ物にならぬくらいの膨大な氣の奔流。


 それは油問屋である「豊壺屋」へ向かっている。

『荼毘手の六芒星』の術式の中心にして『七つの大罪』の術式の最終地。そしておそらくは『聖月杯』の封印されし地。

 瘴気を振り祓うようにしてすすむと、山南は豊壺屋の前で足を止めた。


「ようこそおいで下しました。山南敬助様」


 暖簾の前に、ひとりの男が立っていた。


「お初にお目に掛かります。豊壺屋の主人あるじ、木下草摩にございます」


 お待ちしておりました——と、草摩が深々と頭を垂れた。


「私を待っていたと」

「はい」


 草摩が暖簾を持ち上げる。

 罠か――と、山南が逡巡する。


 すると、


「臆しておられますか」


 草摩の口角が、微かに上がった。


「否――と言いたい処ではありますが。ここは敵本陣も同然。生憎、臆すこともなく飛び込む蛮勇は持ち合わせておりません」


 だが山南の眼尻には、常と変らぬ笑みが浮かんでいる。


「ご安心ください。奥にて様がお待ちにございます。それにの復活に際し、見届け人が少なくては興が醒めるというもの。そうだ――」


 、お客人も参ります予定なれば――と、草摩は言った。


「それは――」


 柔志狼の事を言っているのだろうか。


 では――と、草摩に誘われ豊壺屋へ、山南は再び脚を踏み入れた。


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