第24話 隠同心


 逃げ出した修験者崩れの男は「玄峰げんほう」といった。


 それを山南が知ったのは、松恋の店に行った翌日のことであった。

 験者玄峰の遺体が上がったと、京都町奉行から報せが入ったのだ。

 だがこの件に関して、土方はすでに興味を無くしていたようだった。「任せる」と歯牙にもかけない。

 沖田を連れて行こうと思ったのだが姿が見当たらない。山南は止む無く、谷口という若い隊士を伴い現場へ向かった。


 遺体は四条橋の下。鴨川の河原で見つかった。

 山南が現場に着くと、辺りを遠巻きに野次馬が囲んでいた。今どき遺体などさして珍しくも無いだろうが、それでも物見遊山で人は集まる。

 これも人の業なのだろうと、溜息を吐きながら山南は野次馬を掻き分けて進んだ。

 新撰組であることを告げると、侮蔑とも嘲笑ともつかぬ視線を受けながら、奉行所の同心は蓆にくるまれた遺体を指し示した。

 確認するとそれは確かに、あの験者の男だった。


玄峰げんほうと言うらしいですよ」


 振り返ると、背の高い同心が柔和な笑顔で立っていた。


「呪いや祈祷などをしていたそうです」


 鼻筋の通った美丈夫だが、どうにもこの場では浮いて見えた。

 山南が身分を告げると、同心は加護かご石人いしんどと名乗った。


「聞き込みをしたら直ぐに分かりました」


 玄峰は、金さえだせば呪いで人も殺すと、有名であったらしい。

 所謂、インチキ呪い師ですな――と、加護はいった。


「死因は?」

「背後から一太刀。辻斬りの仕業ですかね」

 加護は蓆を捲ると、十手で遺体をひっくり返し背中を向ける。

 確かに、右の肩から左の肋骨にかけて一太刀である。


「まぁ、この手の生業ですから大方、逆恨みの筋でしょう」


 そう言って、加護は笑った――わけではなかった。地顔が恵比寿のように、にやけているのだ。

 ところで――と、加護は顔を突出し、


「山南殿は、このインチキ修験者を捕らえた方なのですよね」


 含むように囁いた。


「そうですが、それが?」


 山南は距離を取るように身を引く。


「いえね。その現場には、女の遺体も有ったじゃありませんか。それを検分したのも私がなのですがね――」


 地顔であるのだから、悪気はないのであろう。だがどうにも、この場でこのような話をするには、あまりにも不釣り合いの顔である。

 なにか見ませんでしたか――と、加護は言った。


「いいえ。特に気がつきませんでしたが」


 直ぐに、柔志狼が持ち去った観音像が思い浮かんだ。


「なにか不審な点でも」


 今度は山南が聞き返す。


「いえね。女の腹の中がこう――」


 両手で毬のような形を作り。


「何かで押し広げられたように、不自然に隙間が出来てましてね」


 加護が小首を傾げた。


「まるで子袋から、赤子でも取り出したように見えたものですから」


 どう思います――と、加護が口元を歪めた。


「さて。私には何とも」


 山南は首を振った。

 そうですか――暫し、山南を見つめた後、加護はそう言って頷いた。

 後の処理を加護に任せ、山南は帰ろうと背を向けた。


「大谷君。帰りますよ」


 振り返ると大谷は、山南に背を向け野次馬の人だかりを見つめていた。


「どうしました」


 やれやれ――と、呆れ顔で声を掛ける。


「終わりましたか。いえね、野次馬の中に斉藤さんがいたものですから」


 どこ行ったかな――――と、大谷はしきりと首を巡らせる。


「斉藤君が?」


 斉藤一――近藤の試衛館にも顔を出していた、江戸以来の知己である。だが訳あって、新撰組に合流したのは、京へ来てからだった。剣の腕前は新撰組でも一・二を争うだろう。沖田に勝るとも劣らぬ才である。だが、寡黙で付き合いの良い男では無い。


「見間違いではないのか」


 そんな斉藤が、このような所で野次馬に紛れているとは考えにくい。現に、山南には見当たらなかった。


「おかしいなぁ……」


 どうにも納得がいかないのか、大谷は首を傾げつつ辺りを見回す。


「帰りますよ」


 苦笑を浮かべた山南が歩き出そうとしたときだった。



 かごめかごめ。

 かごの中の鳥は。

 いついつであう。



 背後で童唄が聞こえた。

 はたと、山南が振り返ると、加護が子供のように口ずさんでいた。

 その、なんとも場違いな様子に、山南は暫し視線を奪われた。


「副長」


 どうしたんです――と、いつの間にか歩き出していた大谷が、口をへの字に曲げて、山南を促した。



 ――――夜明けの晩に。

 つるとかめがつうべった。



「いや。なんでもない」


 山南が向き直る。



 後ろの正面だあれ――


 加護の唄声が、山南の背中に響いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る