第5話 斬奸夜
文久三年九月――
砂利を延々とぶちまけたような音が夜陰を押し包む。
泥炭で塗り固めたような闇が、重く身体に圧しかかる。
――何も見えない。
何処に誰がいるのか、判別がつかぬ。
激しい雨音に耳も塞がれ、気配すらつかめぬ。
前方に土方。それに沖田がいる筈であるが、それすら疑わしく思えてくる。
「――ぜ」
右前方――恐らく土方が焦れたのであろう――闇が動いた。
「甘い!」
聞こえぬはずの
そこに浮かび上がるは、唇を吊り上げた巨漢の顔。その手には畳まれた鉄扇が握られている。巨漢は剣ではなく、鉄扇で土方の剣を弾いたのだ。
剣を弾かれた土方が、たたらを踏む。
そこへ、間髪いれず沖田が奔った。
迅い――
だが飛燕の如き剣を鉄線で弾くと、勢い、沖田が身体ごと吹き飛ばされる。
「賢しいのう。近藤の差し金か――」
否。貴様か――土方と、闇が嗤った。
礫の如き雨粒が屋根を叩き、互いの声すら通らない闇の中。不思議とこの男の声だけは、よく響く。
そうじゃねぇよ――土方はそう答えたのだろう。
「御上意だ」
そう言って、土方は剣を構えた。
「しゃらくさい!貴様ら如きの生白い剣で、討てるものなら――」
討ってみよ――と、巨漢の男に向け、闇が凝りはじめた。
重苦しい闇そのものが、男の身体に吸い込まれてゆく。
無意識に、土方と沖田の足が退る。
男のまとう異様な気配に、さしもの二人も気圧されしているのだ。
かはぁ――と、呼気と共に、濁った闇が吐き出される。
だが、その異様な光景は、土方の眼にも沖田の眼にも映ってはいない。
巨漢の瞳が、炯と妖しく輝きを放つ。
「いかん!」
そんな中、土方と沖田を押しのけ前に出る。
抜き放った剣を右手に携え、左の指で剣印を作ると、刀身を奔らせた。
その瞬間――男のまとう闇に亀裂が生じた。
「いまです!」
その叫びに、鉄扇を振りかぶった腕を、土方が断つ。
そして、沖田の神速の突きが三度――
礫の如き雨音は、いよいよ激しさを増す一方であった。
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