第2話 聖母狩
――神さまはいるの?
幼いころからいつも思っていた。
姿を見たこともない。
声を聞いたこともない。
一度も、何もない。
――祈りなさい。
――信じなさい。
おとうも、おかあも、爺も
ただいつも、岩窟の奥にある白い観音像に手を合わせ祈るばかり。
絶やすことなく灯し続けられる蝋燭の炎に、仄かに照らされたまりあ観音は、いつも悲しそうに微笑んで見えた。
四つ上の姉やは今夜、そんな“まりあ”さまになるのだと言う。
ずっと昔から続く古い掟――数百年も続く習わしだと言われても、あまりにも途方もなく想像がつかない。
ただ今夜、姉やが自分だけの姉でなくなるのが、無性に悲しかった。
山に入って一緒に花を摘み山菜を採り、崖から落ちた時は泣きながら自分を探してくれた優しい姉や。
美しく優しく、そして強い姉や。
いつかは村の男衆――そうだ、太郎左とでも
でも、姉やは今夜、カミサマのもとに行く。
――姉やはカミサマに嫁ぐの?
と、訊くと村長は、
――神さまの母になるのだよ。
と、言った。
――姉やはカミサマのおかあになるの?
と、訊くと村長は、
――神さまの嫁になるのさ。
と、笑った。
――そう、お前の姉は“まりあ”さまになるのだよ。
そう言って村長は哂った。
――誉れじゃ。
――めでたい。
――祝いじゃ。
――はれるや。
どこか辛そうに、ぎこちなく微笑むおとうやおかあと違い、心底から満面の笑みを浮かべ、祝福している村の衆を見て、姉やはどこか遠くへ行ってしまうのだと分かった。
嬉々とした様子で、儀式の準備を進める村の衆たち。
そんな中で唯一、太郎左だけが、自分と同じ顔をしていた。
姿を見たこともなく、声も聞いたことがない。
そんなカミサマの下に行くなんて――そんな儀式壊れてしまえばいい。
たまらずその場から逃げだした。
けど、祈る先はこの観音さましかなかった。
どうかしている。
でも、他に祈るところなんて知らない。
――姉やを取らないでください。
――儀式なんて、壊れてしまえばいい。
生まれてから一番真剣に祈ったのが、まりあさまを否定するようなこと。
だからきっと――
そう、だからきっと、まりあ観音は怒ったのだ。
その日、わたしの願いは通じて、姉やは〝まりあ〟さまにならなかった。
その代り、黒い大きな鬼と、白い美しい鬼が来て、村は無くなった。
おとうもおかあもたろうざもしんで、むらおさもむらしゅうもしんで――
ねえやは?
あれ?ねえやは?
ナラバオマエガまりあにナルノダ――
耳元で呪詛のような言葉が響き――
……そしてあたしは――地獄に落ちた。
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