『五幕』
暗い馬車の中を、小さな沈黙が包んでいた。夜更かしが堪えるのか、窓の外をぼんやりと見つめるエディは、何度も目を擦っている。
リノアは、震える指で真っ赤な薔薇を握りしめた。繰り返す復讐の最中で、仮面の奥に眠らせた少女の心は、今まさに限界を迎えようとしていた。
いっそ、と彼女は心の中で漏らす。全てを捨てて、彼と二人、逃げ出すことが出来たら、と。
彼女はもはや、何かを望むことも無かった。ただ二人、どこか路地裏に身を寄せ合い、小さく死んでいけたら、と彼女はただそう思った。
「閣下」
ふと、エディがこちらを見ていることに気付く。気づかぬうち、薔薇を握る手には微かに血が滲んでいる。
「今からでも、使いの者を走らせましょう」
無垢なる少年は、努めて明るくそう言う。微笑む少年の、桃色の丸い頬が、まるで誘蛾灯のように彼女の揺れる心を惹きつける。
「少し、根を詰めすぎですよ。今日ぐらい、年よりの相手はほかに任せてしまいましょう」
しかしながら。その光に誘われることを、彼女の人生すべてが許さなかった。幼き日の父が、手紙を託した神父が、死にゆく裏切り者が、彼女が光の許へ去って行くことを許さない。
何よりも。彼女の纏った「伯爵夫人」の仮面が、彼女が救われることを許さない。
――大丈夫よ、と。
がたり、がたりと馬車はかわらず揺れ続ける。窓の外を後ろへ走り去っていく
ふと、馬車が静かに動きを止める。御者が厳かに扉を開けば、その先はまるで夢現の境のように、煌びやかな世界が――そして、彼女にとっては何よりも忌まわしき惨劇の夢が、広がっている。
伯爵夫人は、エディの手を力なく握る。死にゆく少女の最後のぬくもりを、そこに置いていこうとするように。
やがて、ぬくもりは離れ。
リノアは、温かな馬車から、永遠に去ってい『こうとした、まさにその時である!』
『彼女の目の前には!!身の丈5mをも超す、巨大で筋肉質な
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