Chapter-2
件のメールを受け取った、その数日後。都市伝説ハンターことこの私と編集部一同は、都内某所の小さなスタジオに足を運んでいた。無論、現代によみがえった「薔薇の呪い」の、その顛末を詳しく知るために。
投稿者 ― プライバシーに配慮し、ここではE氏としておく ― は、二十代半ばほどの若き舞台役者だ。スタジオで我々を出迎えた彼に、我々は早速インタビューを敢行した。
まずは時系列順に、その結果をまとめることとしよう。
事の始まりは、遡ること数か月前。まさに、彼らが「金剛石の薔薇」を手に入れたことから始まる。
彼らの劇団は、数年前に起こした不祥事(経営陣の不正によるものだそうだ。ここでは割愛する。)以降、遠のく客足からくる経営不振にあえいでいた。団員たちの生活も苦しく、E氏の同輩であった舞台役者たちも一人、また一人と劇団を去っていったという。
残る団員たちの奮戦空しく、次の公演が振るわなければ解散も視野に入るという状況の中、経営陣の一人が打ち出したというのがまさに呪われた演劇という恐れしらずの決断であった。
なんでもその罰当たり者は、呪われたアイテムとして世界各地を転々としていた薔薇のブローチを、とある伝手から偶然入手したのだという。溺れる者は藁をもつかむ、とはよく言ったものだ。
劇団員たちからは様々な意見が上がったが、「呪いの演劇」の宣伝効果は、経営陣の期待を大きく超えるモノであったらしい。現場の意見は封殺され、ついに上演は目前となった。
そうして、薔薇の呪いは再び現世へと舞い戻ったのである。
「もともと、何を考えているのかよくわからない
苦し気に目を伏せながら、E氏は語る。呪いの演劇の中心に立つ予定であった女優、S氏についてだ。
「最初に気付いたのは、ゲネ・プロの最中……。舞台袖で彼女を見たその時でした」
「薔薇の呪い」とは、ただ単に死を招くものではなかった、と彼は語った。彼が思い返すに、劇団員たちが台本の読み合わせを始めた頃から、既にその兆候はあったという。
――彼女は、恐るべき終幕のその以前から、主人公リノアに乗り移られているかのような振舞いをたびたび見せていたのである。
「彼女は元々、いわゆる憑依型の演者だったんです。だから、気づくのが遅れてしまった」
苦虫を噛み潰したように語る彼に、私は気を落とさぬよう伝えた。私のような都市伝説ハンターでもない限り、そのような超自然的兆候に気付くことは難しいだろう。
それに、だ。後悔に沈むには、未だすべてが早すぎる。
我々は、続けて彼に質問をした。彼女の、現在の所在について。
そう、薔薇の呪いは、彼女の命を未だ奪えずにいる。未来ある女優の命を救ったのは、まさしく人類の歩み……現代の安全基準である。薔薇は再びゲネ・プロの最中にその牙を剥き。
衣装の下に着る予定だった安全ハーネスが、彼女を死から救ったのだ。
「彼女は今、■■病院(機密の為黒塗り)に入院……というより、拘束されているんです。」
彼は再び、顔をあげてそう語った。後悔に濡れるその眼の奥に、わずかに希望の光が宿ったことを、都市伝説ハンターは決して見逃しはしない。それこそが、彼が我々にSOSを発するに至った理由なのだから。
「彼女は、病院をこっそり抜け出したんです。そうしてもう一度、たった一人で公演を始めた。」
彼が語る「薔薇の呪い」の新たな側面は、我々にとってもまさに驚愕に値する内容であった。主人公リノアの生命が悲劇をもって幕を閉じたその後、薔薇は再び彼女を物語の世界へと連れ去ったというのだ。
繰り返す悲劇のその舞台に選ばれたのは、病院の屋上であった。巡回警備中の病院職員が彼女を拘束していなければ、薔薇の呪いは今度こそ彼女の命を奪っていただろう。
そしてもう一つ、彼の話から分かることがある。彼女は未だ、物語の世界からの期間を果たしてはいない。でなければ、未だに彼女を拘束し続ける理由はないだろう。
――我々都市伝説ハンターに、助けを求める理由もだ。
「まだ、まだ間に合うのなら……」
E氏の眼に、きらりと電灯が反射した。
「僕は、彼女を救いたい。」
そう語る彼の震える肩を見て、私は編集部に目で支持を飛ばした。大至急、「金剛石の薔薇」の一次資料に当たるように、と。
がし、と、あえて力強く私はE氏の肩をつかんだ。
「私に、良い考えがある。」
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