第8話 旦那と奥さん
ジリリリリリリン––––ジリリリリリリン。
月曜日、朝。
俺は
さよなら、俺の穏やかな休日…。
目の前を見ると
「毎日こうするつもりか…」
しかし、彼女の意識はまだ覚醒していない。
んんっ、と身じろぎをしている。
そんな彼女に、俺は無慈悲に手刀を落とした。ドスっ。
「……あぅっ」
「起きたか?」
「お、おはよー…たくまぁ…むにゃむにゃ」
ドスっ。
「あうっ!?いたい!?」
「いい加減起きろ、遅刻しても知らんぞ」
「……わぁ!!もうこんな時間!!ごめんっ!拓磨!今日朝ご飯作る時間ないかもっ!」
本当に申し訳なさそうにする彼女。でも、朝ご飯を作るとなれば当然早く起きる必要がある。彼女にそんな無理はさせられない。
「朝ご飯は大丈夫だ。俺はだいたい毎朝飲むヨーグルトだしな」
「ごめん〜」
「朝は無理しなくてもいいから。俺としては体調を崩されて晩飯が食えなくなるほうがつらいし」
「拓磨は優しいな〜うりうり〜」
俺は昨日と同じく力ずくで逃げる。
「あ〜、拓磨のいけず〜」
そんな声が背後からぼんやりと響くのだった。
そして、洗面所にて。
「なぜにまた後ろから抱きつかれてるんだ…」
「さっき拓磨が逃げたからでしょ」
「お願いだ…離れてくれ、笹原さん」
「なんだって〜?」
いや、さすがに聞こえただろ。
「私、下の名前笹原さんじゃないんですけど〜」
あぁ、そういうやつね…
「その、離れてくれ、み、
「しょうがないな〜えへへへ」
彼女は下の名前で呼んで欲しかったらしい。
くそっ、調子狂うな。
そして、どこいった俺の
□ □ □ □ □
朝のHR前。
クラスの違う笹原さんだが、朝から俺のクラスに来ていた。
しかし、今日は俺に用事があるわけではないらしく、仲が良いのであろう、ギャルっぽい女子生徒と談笑していた。
俺はというと、
「どーしたお前、休日明けなのにすっげぇ疲れた顔して」
「いろいろあるんだよ…」
「そーちゃん、そーちゃん、たっくんはこれから始まる授業のことを考えて、授業が始まる前に疲れちゃったんだヨォ」
「拓磨あほすぎないか?」
「あほだネ!」
「ちげぇよ!?」
ったく、こいつらは好き放題言いやがって。まぁ、こう見えてもいつも俺を気遣ってくれ、昔のことについて深掘りしないでくれてるあたり、良いやつだとは思う。
ふと、教室の前の方で
「笹原はいるか?」
とイケメンの男子生徒がそう呼ぶ声が聞こえてくる。
俺が誰だっけ?って顔をしていると
「あれ、サッカー部のエースの先輩だよ。3年の」
宗助が親切に説明してくれる。
当の笹原さんのほうへ耳を傾ける。
「はーい、アタシだけど?」
「あぁ、ちょうどよかった。探してたんだ。」
「で、なんか用すか?」
「今日さ、放課後俺と映画行かね?」
放課後デートのお誘いである。
先週のことがあったからか、クラスメイトも固唾を呑んで見守っている。
笹原さん流石だな…もう上の学年の人まで名前が浸透しているらしい。
しかし、なんだ、あの、モヤモヤとしたものが込み上げてくるな。
でも、お試しと自分から言った手前、彼氏面をしてもいいものだろうか、と考え込んでいると–––––
「あー、すみませんけどそれは厳しいっすね」
そう笹原さんは断った。
相当自信があったのだろう先輩は困惑した様子だ。
「えーっと、今日アタシ彼と放課後デートの予定があるので」
俺をしっかり見ながらそう言った。
え、俺そんなの聞いてない。
「えーっと、君?ほんと?」
先輩が俺に振ってきた。
やめてっ!こわい!
笹原さんに目配せすると、話を合わせろと言わんばかりの表情をしている。
しょうがねぇな、話合わせるだけだぞ。
「えーっと、そうですね…」
すると先輩は爽やかな笑みを浮かべて、
「そっかー、先に予約されてたかー、今日は諦めるよ。あと君、俺も負けないからね?」
なんで俺は競走に出走されてるんだ…。
でも、とりあえずこの場は穏便に済みそうだ。
するとなにを思ったか笹原さんは
「あー、その言いにくいんすけど、パイセン、もーそのレースに負けてるんですよ、さーせんパイセン」
「…え?」
「だから、パイセンの想いには応えららません。アタシ、彼の婚約者なんで」
「えぇ!?」
ぽかーんとした表情になる先輩。
クラスメイトもぽかーん。
俺もぽかーん。
「えぇっと…残念だなー、新しい恋でも探すとしますかー、ハハハ…」
困惑した表情でそう言い残し教室を去る。
「そろそろ、HR始まるし笹原さんも教室戻ったほうがいいよ」
「あー、そだね、じゃあ–––––––
放課後デート、楽しみにしてるね!」
また放課後っ!と付け加え教室を後にした。
え、放課後デートまじで行くつもりだったの!?
クラスメイトはまだぽかーんと俺を見ている。空気に耐えられない。助けを求めるように宗助と前島を見ると、
「そーちゃん、婚約者だって!」
「すげーな!もうそこまで進んでんのか!」
「これは私たちも負けてらんないネ!」
俺を助けてくれる味方はいなかったようだ。
俺たちは今日この瞬間から旦那と奥さんと呼ばれる羽目になったのだった。
だれが旦那じゃこら。
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