第6話 同棲開始(?)

 あの後、ダメです、引き取ってくださいなんて言うのも引っ越し業者さんに気が引けたので、ひとまず大体の荷物を運んでもらい。引っ越し業者さんには帰ってもらった。

 現在、俺はダイニングテーブルで笹原さんと向かいあっている。


「んで、なぜ引っ越し?」

「えっとー、拓磨と同棲どうせいしたいな〜って」


てへぺろ♪みたいな仕草をしてそんなことを言ってくる。

いや、可愛いけど、話はそれどころではない。


「ひとまずいきなり同棲は無理だ。自分の部屋に戻りなさい。部屋番号教えてくれたら荷物戻すの俺も手伝うから」

「え、もう無理だよ?マンション解約したし」

「…は?」


なにを言っているんだこの子は、やれやれ冗談がすぎるぜ。あっ、今日はエイプリルフールかー、スマホの日付は六月を指しているが。

 えっ、マジで言ってんの?


「これまじだから、今ここ追い出されたら私、野宿になっちゃう」

「えぇ…」

「いいじゃん、家賃も折半せっぱん、生活費も折半、おまけに私の手料理付き、どうよ?」

「うぐ…確かに魅力的な提案だが…」


彼女の手料理…その言葉に少し心が揺らいだ俺。え?彼女の手料理なんて全男のロマンだよな?心が揺らぐのも仕方ねぇよな?


「それに、部屋も一部屋余ってんじゃん。さっきの荷物もとりあえずそこに運んでもらったし」

「部屋の有無うむではなくてだな」

「あと、覚えてる?小二くらいのとき結婚の約束したでしょ?これはその練習〜てことで」


俺は少しの間黙り、やがて口を開いた。


「えっと、そんな約束したっけ?」


結婚の約束…か。

俺は覚えていないをした。

そんな俺を彼女は全身を観察するようにじーっと見つめている。そーいえば、さっき荷物を運んでいたときも、やたら彼女に見られていた気がした。自意識過剰か?…てかなんで俺が一人暮らしなことを知ってるんだ?


「まー、いいや!でも、絶対この家出て行かないから!もし、追い出すなら夜わざと補導されて、同棲してる彼氏に暴力振るわれました〜て言うから!」


早速、俺の逃げ場をふさいできた。

あれ、これ俺悪くないよね?理不尽じゃね?

それでも、警察沙汰はなにをどー考えてもご遠慮したかった。


「…わかった、わかったから」

「やった!これで交渉成立!」

「交渉もなにも、俺の選択権ねぇな!?」


俺は押しに非常に弱いらしい。


しかし、引っ越しの作業といい、この話といい、なんだかんだ忙しかったからか、いつの間にか時計の針は夕方の六時を指していた。


「もう、こんな時間だし、手料理は今日はいいよ。今日はピザでも取ろう」

「うん!そーしよ!ピザ最近食べてなかったから楽しみ〜!」


それからピザを食べたのだが、チーズをびろーんと伸ばしながらはむはむとピザを食べる彼女の姿はすごく可愛らしかった。



□ □ □ □ □



正直に言う、私は同棲の許可ももらえて、今とても幸せだ。だって大好きな彼と一緒に暮らせるのだから、えへへへへ♡

今は深夜一時。さすがに彼ももう夢の中だろう。

今日一日中彼を観察していたが、気になる点がいくつかあった。

まず、彼の腕や足だ。

彼の腕や足には、くっきりとではないが…傷跡きずあと、あれは火傷やけどの跡だろうか。

少なくとも自然につくものではないような跡がいくつかあった。公園で毎日遊んでいた頃にはなかったはずだ。

そしてもう一つ、結婚の約束の話をした時だ。彼は『えっと、そんな約束したっけ?』なんて言っていたけれど、あの時、彼はようにしていた。

私にはわかる。あれは嘘をついている。

彼は結婚の約束をきちんと覚えているのだろう。

彼は昔から嘘をつくときは右手の親指と中指を擦り合わせるというくせがあるのだ。

人の領域にズカズカと踏み込むのはご法度なので、今はこのモヤモヤは胸の中にしまっておこうと心の中で決める。


ちょっと彼のことを考えると彼のことを抱きしめたくなってしまったではないか。ちょっくら、抱きしめに行ってやろうか。


私は自分のベッドから出て、自分の部屋を出る。ちなみに、ベッドは業者さんが組み立ててくれた。

そーっと彼が起きないように彼の部屋に入ると、当の彼は起きる素振りも見せず、すやすやと眠っていた。彼はこちらを向いていて正面から抱きしめやすそうな体勢である。

私は彼の布団にもぞもぞと潜り込み、彼の両腕の間に収まる。あぁ、安心する、今幸福度を聞かれたら迷わず120%ですね!と即答できる自信がある。

そして私は、彼の背中のほうに両腕をまわし、ぎゅっと抱きしめる。


ふと、昔のことを思い出してしまった。

彼が公園に突然来なくなったときのことを。

あの時はもう彼には会えないと思っていた。


 それでも、会いたい。

 どうしても会いたい。

 もう一度だけでもいいから会いたい。


あの頃は毎日そんなことを願っていた。


そんな彼が––––今は私の腕のなかですぅすぅと寝息を立てている。


「もう、逃がさないんだからね」


そう呟いて、いっそう腕に力を込める。

 

 もう、離れたくない。

 ずっと側にいたい。

 これからも、ずっと、ずっと––––––。


おっとまずい、本格的に眠くなってきた。

このまま寝たら、彼は怒るだろうか。いや、きっと彼は優しいから怒っている素振りをしてて、なんだかんだ許してくれるだろう。

ちなみに、もう私も彼の腕から出るつもりもない。今日くらいいいよね?


そうして、私も深い夢の中へと出かけたのだった。



□ □ □ □ □




 今日は日曜日、朝はのんびりできるため時間を気にせずにがっつり寝込んでやろうと心に決めていたのだが。なんだか早く目が覚めてしまった。スマホを見ると午前七時を示している。


それにしても––––これはドーイウコト?


俺は今、ベッドの上で笹原さんに抱き枕にされている。え、これ俺の部屋だよな?


彼女の頬を人差し指でつつくと、んんっと軽く身じろぎをする。ほんとこいつ可愛いな、––––じゃなくて!

なにこの状況理解できない!

でも、なんか抱きしめられるのって...悪く、ないな。なんか色々柔らかいし…いや、俺も立派な男子高校生なんでね?

そう思うと急に彼女を起こす気力も削がれてくる。

昨日は予想外の出来事があって相当疲れていたのだろう。まだ体もだるい。


体のだらさには勝てなかった。


簡潔に言うと、俺はこのまま二度寝をしてしまった。

このままの体勢で、そう、このままの体勢で。

俺は悪くないからな?


こんな感じで新しい日常が始まった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る