第4話 帰り道

 まだ六月だからか外はひどくじめじめとしていた。梅雨の真っ只中なので仕方のないことだ。日も延びてきたからか下校時間から時間の経った今でも外では日が照っていた。


 俺は笹原ささはらさんと共に帰り道を歩いていた。なんでも彼女の家の方向も俺と同じ方向らしい。笹原さんは昼休みに見せたあの怖い姿から一変、年相応の笑顔を浮かべていた。ご機嫌なようである。



「私、ほんとに拓磨と付き合うことになったんだ〜」



えへへ〜と頬を綻ばせている。

不良モードとデレモードで一人称も微妙に変わるのか。



「お試しだけどな、お試し」

「それでもいいんだよぉ」



笹原さんに告白された時、正直まだ俺は付き合う気はなかった。相手のことをまだあんまり知らないのに、すぐに付き合うのは相手にも失礼だと思うからだ。

しかし、あの時の笹原さんの圧に負け、お試しでの付き合いを思わず了承してしまった。わかったと言った後にやっぱり今のなし!なんてことも言えるはずもない。

ま、まぁお試しだしね?セーフだよね。セーフだよな?



「手、繋いでもいい?」

「まだ、付き合い始めたばかりだろ?しかもお試しだろ?いくらなんでも早すぎるって、それは俺の信条ポリシーに反するの」

「ちぇ〜〜、まぁ無理にしてもあれだし今日はあきらめるよ〜」

「そうしてくれると助かる」



こんな会話をしていたら。俺の家でもあるマンションの近くまで来た。



「俺の家このマンションだから、じゃあまた明日」



と軽く手を振って別れようとしたのだが−–−笹原さんの方を振り返って見ると、笹原さんは目を大きくし、驚いたようにマンションを見上げていた。



「驚いた。まさか同じマンションだったなんて…」



そう呟く笹原さん。え、なんて?同じマンション?



「まぁ、私は一人暮らしなんだけどね〜」と彼女は言った。気のせいだろうか。彼女は笑顔だが、その声は少し寂しそうな感情が帯びている気がした。

 実は俺も一人暮らしなのだ。なぜかなんて誰にも言ってないし、思い出したくもない。俺の胸にうずくような痛みが走った。ただ、それだけ。今はそれだけだ。



「拓磨…?」



おずおずと疑問系で言葉をかけてくる笹原さん。

俺は表情になにも出してないはずなのだが、彼女は俺から少しの違和感を感じ取ったらしい。彼女の観察力はすごいのだろう。

俺はなんでもないように取り繕って応えた。



「ん?どうした?」

「いや…なんでもない」

「そか、でも同じマンションだなんてこんな偶然あるんだな」

「ほんとだよ〜。これはもう運命だね!」

「あはは、そうだね」



苦笑して俺はそう返した。当の彼女はまた訝しげにこちらを見つめている。俺はなんでもないように取り繕ったはずなのだが、彼女はまだ俺からなにかを感じ取っているのかもしれない。

「じゃあ、俺はもう帰るから。また明日ね」

と俺は逃げるようにこの場を後にする。彼女はまだなにか言っている気がしたが、俺の耳にはもう届かなかった。

なぜまだあのことを俺は気にしている?もう終わったことだろ?もう、ずいぶん前の話だ、そうずいぶん前の。もう捨てたはずの過去。今の俺は自由なはずなのに。

彼女になにも悟られてほしくなくて、思わず逃げ出すようにエレベーターに乗ってしまった。彼女には悪いことをしたな。明日謝ろう。そう心に決め六階を示すボタンを押す。今エレベーターの中は俺一人。しんという静寂が俺を包む。

なぜだかエレベーターの中の空気がいつもより重く感じた。

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