第13話

 創立100年を越すその高校は、桜並木を抜けた丘の上にある。校舎の中からは私たちの住んでいる街並みが一望出来る。本当は桜のトンネルを抜けて入学式に向かいたかったけど、昨今の気候温暖化のせいか、桜の見ごろは春休み中だという。私は写真だけでも撮っておきたくて隼人を誘った。


 しかし隼人はその日、おばあちゃんに合格の報告に行くとかで家族で仙台に行っていた。しょうがなく私は一人でカメラをぶら下げて高校へと向かった。本当は夕べシーナさんがコメントの返信に今日また桜を撮りに行くって書いてあったから、もしかして偶然会えるんじゃないかっていう微かな期待もあった。でも、桜なんて日本中どこでも咲いているし、同じ場所に撮影に来るなんてあり得ないだろう。




 駅前から続く桜並木は今が盛りで、花びらが雪のように舞っていた。その光景はあまりにも幻想的で、これは夢の中なのではないかと疑うほどだった。私は夢中でシャッターを切った。写真と撮っていて、ふと写真ブロガーのシーナさんの事を思った。彼女ならこの桜をどう切り取るんだろう…。そんなことを考えながらファインだーを覗いた。ファインダー越しに人陰が見えた。カメラを下ろしてその方向を見た。同い年くらいの男の子が私と同じように桜を撮っていた。


 男の子は桜並木を見下ろす構図をしばらく撮っていて、カメラから目を離すとこちら向きにカメラを構えた。その先にいる私が自分の方を向いているのに気付いて気まずかったのか、急にまた向きを変えた。中学生くらいで本格的なカメラを持っている子は珍しい。どんな写真を撮るんだろう…。




 私は高校の方へ向かった。桜を入れた学校を撮ろうと思った。春の暖かい空気感を表現したくて、かなりハイキーで撮った。なかなか難しくて熱中して撮影していると、あっという間に時間が過ぎていった。気づけばもう夕方になっていた。桜並木は昼間とはうって変わって、よりピンク色に染まって見えた。撮影した写真を再生してみたら、やっぱり自分のイメージしているように撮れていなくてガッカリした。


 ふと気配を感じて振り向くと、少し離れたところにさっきの男の子がいた。視線があった。しばらく目が合って、どうしたらいいかと思っていたら、向こうが話しかけてきた。しかしその時、車が前を通って聞き取れなかった。彼はそれに気づいたみたいで、こっちにやって来た。


「ここの高校の生徒?」

笑顔で話しかけてきた。少し見上げる高さの彼は、優しそうでしっかりしていそうな雰囲気の男の子だった。

「違います。あ、でも、4月からここの生徒になるの。」

「そうなんだ! じゃあ、4月から同級生だ。」

彼は私に向かって微笑んだ。その笑顔に緊張がほぐれた。この人も同じ高校に行くんだ…。


「写真、好きなの?」

「うん。父がカメラ好きで、小さいころから一緒に撮影に連れて行ってもらってて…」

「ベテランだね!」

「そんなんじゃないよ。全然ヘタ。今も思うようなのが撮れなくてガッカリしてたとこ。」

「そう? 撮ってる姿、サマになってたよ。…写真、見せてもらってもいい?」

「いいけど…ヘタクソだから恥ずかしいな…」


 私はその男の子にさっきまで撮った写真を見せた。男の子は嬉しそうに一枚一枚見た。

「ふ~ん、面白いな。同じ場所なのに、違う人が撮ったら全く違う印象になるんだな。これとか…これとか…俺、好きだな。優しい感じが溢れてる。」

「そう? あの…そっちの写真も見せてもらってもいい?」

「いいよ。いっぱい撮ったから…あそこのベンチに座って見る?」



 私たちは高校前のバス停のベンチに座った。彼はカメラを手渡してくれた。再生すると…言葉を失った。それは私が憧れているあの写真ブロガー、シーナさんの作風にそっくり、いや、その物だった…。シーナさんのブログでは見たことない写真だったけど、この空気感は間違いない! でも…シーナさんって、女の人かと思ってたけど…。そんなことってある? 私はそれを確かめるべく思い切って訪ねてみた。



「あの…もしかして…あなた、シーナ…さん…?」

彼は目を真ん丸にしてこっちを見た。

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